『誤作動する脳』

樋口 直美著
医学書院

 住職だからか、壁や天井に人の顔が見えるという相談を受けることがあります。相談してきた人は霊に祟られているので除霊しましょうという返事を期待していたかと思いますが、私は「人に見えない物で、自分にだけ見える物は幻覚と言います」と答えました。それ以来、幻覚とはどんなものか気になっていました。

 著者の樋口直美さんは四十代から体調不良に苦しみ、五十才でレビ―小体型認知症と診断された方です。

文章が読みやすく、本当に深刻な様々な病状が面白い体験のように書かれていて、読んでいる方の不安が取り除かれます。私達の五感、見る、嗅ぐ、味わう、聞く、触れるという感覚が不安定なものだと感心しました。

 認知症による味覚障害では嗅覚が低下し食事がつまらなくなったことが書かれています。

 症状には幻臭というくさい臭いが突然漂ってくること。聴覚異常では音が大きく聞こえたり、幻聴が聞こえるとあります。夕焼けチャイムが聞こえてくるというところは、私も時々聞こえるので不安になりました。

私達の日常でも電話の音やチャイムが聞こえた気がするということがありますが脳が疲れていると起こりやすいようです。

感覚異常では風呂が不快に感じるそうです。適温でも寒かったり嫌な感じがするそうで、認知症の人がお風呂嫌いになるのはこれが原因かもと書かれています。

そして幻視ですが、本当に見えているものがそこにあるように見えるそうです。虫などは幻視なのか本物なのか消えるまで見分けがつかないそうです。

人間の幻視のエピソードでは、運転中に目を動かすと助手席に中年女性が乗っていたそうです。

(引用)「幽霊の可能性も頭をよぎりましたが、亡くなった人が、自ら生前の形をそのまま再現するとはあまり思えません。目に見えないものはこの世に多々あると思いますが、人の見るものは、その人の脳が見ているものだろうと、なんとなく思っていました。」

樋口さんのこの考え方は、真面目に自分の体と向き合っていて素敵だと思いました。

 他にも時間がわからなくなる、場所がわからなくなる、覚えていられない等、生活で必要な様々なことが、いつ起こるかわからない恐ろしいことの中に生きていることが書かれています。  レビ―小体型認知症によって樋口さんは悩んで泣いて苦しんでいます。しかし、認識する能力に変化があっても、新しい体験をしていると受け取っている樋口さんの文章に触れて安心してもらえたらと思います。

住職

『なぜ人はカルトに惹かれるのか ―脱会支援の現場から』


瓜生 崇著 

法蔵館

 宗泉寺に三度来ていただいた瓜生崇さんの本が出版されました。瓜生崇さんは一度は親鸞会という新興宗教で熱心に教えを聞いて布教する立場になった方です。今は真宗大谷派の住職です。

 この本の特徴は、新興宗教にはまった哀れな人が脱会して救われるという話ではないところです。カルトに入信する人は真剣に生きたいと願っている人なんだと、私の価値観が変わりました。

 親鸞会は親鸞聖人の教えを説いている宗教です。元本願寺派の高森顕徹というお話の上手な布教師が始めた団体です。一般の書店でも一万年堂出版という出版社で本があります。

 親鸞会は茅ヶ崎市内でも、仏教のお話聞きませんか?哲学の話聞きませんか?人はなぜ生きるのかといったテーマで講演をしています。団体名がキチンと明記されていない会には気をつけましょう。

 第一章では瓜生さんの入信から脱会までの話が書かれています。

 失敗から人生が無意味に思えたことをきっかけに、教えを聞く様になったこと。教えを伝える講師が熱心で真実を語っていると思った事などが書かれています。

 親鸞会の講義を聴きに行った方が宗泉寺でも数名いらっしゃいましたが、皆さんは講師が熱心で悪い人はいなかったと言っていました。その事が少し疑問でしたが、本を読んで分かりました。

 講師や信者が本当にその教えを正しいと信じていること、間違いの無い道を進んでいるんだという自信が熱心なパワーになっているんだと思いました。

 親鸞会にいた時、瓜生さんはインターネットで親鸞会の悪口を書かれていても、対立組織の嫌がらせだと信じていたそうです。

 しかし、組織の内部の上下関係やお金の使い方など少しずつ疑いを持ち始めると、あれもこれも正しいと信じていたことが、信じられなくなったそうです。

 その後は、人生を捧げると決めていた親鸞会に行けなくなり、社会復帰したと書かれています。一緒に苦しみも喜びも共にしてきた同僚との別れが辛かったということ印象に残りました。カルト信者の葛藤や一生懸命尽くしたことが消えてゆくことの辛さが伝わってきました。

 第二章はなぜカルトに惹かれるか。正しさを握りしめて持っていることの気持ちよさと安心は危ないと書いてあります。

 第三章は脱会についてです。仏教系のオウムやキリスト教系などのカルトの脱会支援の事などが書かれています。この章の特徴は「世間では脱会が正しいと押しつけていないか」という立場です。

 お金を稼ぐこと、楽しむことが正しいという世間の価値観。それが正しいと思えずにカルトに入信した人を、脱会させて世間の価値観に戻すことは助けたことになるのかという問いです。

 信者になった家族が熱心に取り組んできた事を否定せずに、家族もその人の話を真摯に聞いて、少しずつ歩みよる事が大切だという内容でした。

 「正しさとは何か」を実体験を通して丁寧に書いてある良い本でした。

住職

『おらおらでひどりいぐも』

若竹千佐子著
河出文庫

 これは読み始めた所ですが。子供たちも独立し夫が亡くなり一人暮らしの女性、桃子さんが主人公の小説です。
 いくつか入った挿絵は優しい雰囲気。リズミカルな文章と東北弁が特徴的です。まだ最初の方を読んでいるところですが、桃子さんが仏壇の前で激しく踊る場面に、ただならぬパワーを感じてドキドキしています。

坊守

『兄の終い』

村井理子著

CCCメディアハウス

 著者の村井さんは翻訳家で、エッセイの著作もある方です。この本は、その村井さんに、警察から東北のある町でお兄さんが亡くなったという連絡が入ってからの五日間の出来事と後日談、心情が語られたノンフィクションです。

 思い切りゴミ袋を振り上げている女性のイラストが印象的な表紙は、怒濤の内容にぴったりだと思います。大変な手続きや作業、怒り悲しみ、五日の間に会った人、時に面白かったことが、とても読みやすく書かれていて、一気に読んでしまいました。村井さんとお兄さんの関係は円満とは言えず、そのあたりの話も出てきます。

 インターネット連載のエッセイで、その後のことが書かれたものもあるので、気になる方は読んでみて下さい。

 余談ですが、村井さんが五日間を過ごした多賀城市の描写は、縁のある人には懐かしい景色やお店が登場するようです。

坊守

『あやかし草紙 三島屋変調百物語伍之続』

宮部みゆき著

角川文庫

 続き物の第五巻なのですが、ちょうどシーズン1の締めくくりです。是非一巻目の『おそろし』から読むのをお薦めします。

 とある事件が原因でふさぎ込んでしまった娘おちかが主人公。おちかは、江戸の町でお店を営む叔父夫婦の家に行儀見習いとして住み込みます。この叔父さんが、屋敷に人を招いて、不思議な体験を聞くという変わり百物語を開いており、姪っ子のおちかに、自分の名代として聞き役を任せると言うのですが、どうなる?というお話。語られる話は、かなり怖い話あり、ちょっとほのぼのした話ありで、どの巻もどんどん読めてしまう面白さ。人間の弱さや醜さも隠さないので、物語の緩急に夢中になれて、登場人物が好きになれます。話を聞くおちかの心が徐々に変化していく様子にも惹きつけられます。

 この変わり百物語は聞いた話は外部に漏らさない「聞いて聞き捨て、語って語り捨て」というルールなのですが、話し聞くことで、聞き手話し手どちらにも様々な影響があるのだなあと感じさせる小説です。

坊守