あみだにょらい 阿弥陀如来
阿弥陀如来(あみだにょらい)は、大乗仏教において極めて重要な如来で、無量の光明と寿命を持つと信じられている。西方極楽浄土の教主とされ、どのような罪深い者でも「南無阿弥陀仏」の念仏により救われると説かれる。浄土教諸宗(浄土宗・浄土真宗など)はこれを中心とし、死後に極楽往生すれば永遠の生命と覚りが得られるとする教義を展開。
おうじょう 往生
大乗仏教における仏になる方法論の一つ。「往」は極楽浄土へ「往く」こと、「生」は極楽に「生まれる」ことを意味する。極楽浄土では、母体から出産される出生と異なる「化生」により生まれるとされ、これは蓮華化生とも呼ばれる。一般には「困る」「死ぬ」などの意味で「往生した」と使われるが、これは本来の仏教的用法とは異なる。
ごくらく 極楽
梵語スカーバティー(幸福のあるところの意)の訳語で、阿弥陀仏の浄土、苦悩がなくすべてが円満にそなわった安楽な世界を指す。浄土系諸宗派では、阿弥陀如来は「南無阿弥陀仏」と称名念仏する者を必ず迎えとり、極楽浄土への往生させ、輪廻からの解脱を誓われたとされる。また「天界(天国)」と区別され、浄土は天界より上位に位置すると教えられる。浄土に生まれた者は永遠の生命と覚りを得るが、天界の天人は不老不死ではなく輪廻を免れないとされる。
しゃかにょらい 釈迦如来
仏教の開祖である釈迦(ゴータマ・シッダールタ)が悟りを開いた後の姿を指す如来の名。「釈迦牟尼仏」「釈迦牟尼世尊」「釈尊」などとも呼ばれる。上座部仏教では釈迦如来のみを信仰対象とし、釈迦の入滅後に仏陀が再び現れることはないとする。大乗仏教では真理そのものが人間を救うために、人間に認知できる姿をもって、言葉を話す教主となって現れたものと位置づけられる。
しょうしんげ 正信偈
親鸞著『教行信証』の行巻に書かれている。親鸞による浄土真宗の教えの肝要がかかれた7言120句の詩。最初の帰命無量寿如来と南無不可思議光の2行で南無阿弥陀仏を讃え、前半は『仏説無量寿経』による救いを説き、後半は本願の教えを説いた釈迦仏と7人の僧侶の功績を讃えている。正式名称は『正信念仏偈』
しんらん 親鸞(1173-1262)
京都に生まれる。9歳で出家し、比叡山で修行した後、聖徳太子が建立した六角堂に100日間籠り、夢で観音のお告げを受けて法然の弟子となった。しかし法然の教えをよく思わない人々から批判を受け、34歳で罪人として越後(現新潟県)に流罪。罪が許された後、浄土真宗の教えを広めた。
ねんぶつ 念仏
お釈迦様が亡くなった後、覚った人に会いたいという願いからイメージの中で仏に会うという瞑想修行が行われるようになる。仏を念ずるという修行が元々の言葉の意味だが浄土真宗では阿弥陀仏の名を称える「南無阿弥陀仏」が念仏を指す。
ほうねん 法然(1133-1212)
平安時代末期から鎌倉時代初期の僧侶。比叡山で天台教学を学ぶが、42歳で「南無阿弥陀仏」の念仏を称えることで誰もが平等に極楽往生できると説き、浄土宗の開祖として信奉される。著書に『選択本願念仏集』がある。生涯で延暦寺や興福寺との対立による法難を経験しつつ、念仏の教義を日本中に広めた。
れんにょ 蓮如(1415-1499)
京都生まれ。浄土真宗本願寺派・真宗大谷派の第8世。衰退していた本願寺を立て直したため「本願寺中興の祖」と呼ばれる。正信偈と和讃を読む習慣を根付かせる。御文(御文章)を全国の信者に送り教えの肝要をわかりやすく伝えた。