
中脇初枝 著(講談社)
最近読んだ本 釋尼光智
中脇初枝さんの満州を舞台にした作品としては以前『世界の果ての子どもたち』も読みましたが、今回は農村ではなく都市部の恵まれた家庭の女子学生を中心に描かれています。
短い作品の中に、満州での暮らしの様子、そこで生まれ育った人と移り住んだ人との思いの違い、戦争を語ることの難しさと勇気、被害者でありながら加害者でもあるという視点などがぎゅっと詰まっていました。
物語の語り手として、次の3人の人物が登場します。
ひろみ:主人公の女学生。満州生まれ、国のために尽くすことを当たり前と教えられ勤労動員に励む。真面目で頑張り屋。素直にしたがっているが、次第にその影にある加害や矛盾に気づいていく。
李太太:近所の中国人女性。日本の侵略によって息子を失いながらも、ひろみ一家を助ける。後に日本人と親しかったことで苦しい立場に追い込まれ人生を大きく変えられてしまう。
島田:気象研究所の青年、勤勉で母親思い。豊かとは言えない家庭の出身で母一人子一人。尊敬する上司に報いようと励むうちに満州で働くこととなるが、次第に兵器研究、731部隊、登戸研究所とも関わりを持つこととなる。
立場のちがう3人の視点が描かれることで、戦争の複雑さと同じ場面をどう見たのかという違いがわかる書き方になっています。
前半のひろみは「国のために」と信じて働く純粋な女子学生として描かれます。しかし後半では、同調圧力のなかで友人をかばえなかったこと、李太太が苦しんだのは自分の存在やふるまいが原因かもしれないという気づき、満州の生活は“奪ったものの上”にあったという認識といった、加害者としての視点が語られます。また、引き揚げを体験した時の恐怖や人間の残酷さ、持たないときに人に与えることの難しさなど、人間が限界になった時の状況も知っていきます。年を重ねたひろみは、引き揚げ体験者から話を集め、次の世代へと伝える活動をします。
いつも困っている人にすぐに気づく、手をさしのべられる祖母の姿を尊敬する孫のあかりは、職場でパワハラを告発し苦境に立たされます。「見てしまったこと、気づいてしまったことから目をそらさない」苦しさと勇気が、世代を超えて描かれていました。
また、個人的な思い出なのですが、物語の後半に出てくる高知の大杉という地名は、私自身が子ども時代を過ごした場所でした。その地域の小学校にごく短期間ですが、日本語があまり話せないお姉さんが通っていて、遊んでもらったことを覚えています。今思えば、残留孤児の方のお孫さんだったのかもしれません。子どもの頃から引き揚げの大変さも、日本の加害も、テレビで見たり本や授業で学んできましたが、今回は両者のつながりが感じられた読書体験となりました。
体験していなくても戦争は私と無関係では無い、学び続けていくこと、「なかったことにしない」「伝えていく」ことの大切さがあり、これからにもつながっていくと思います。日本の学校で教育を受け、社会で空気を読んで育ってきた自分を振り返ると同調圧力をかける側になっている場面も多くあるし、その場で少し変なのではと思った事を指摘できず見過ごしてしまうことも多いです。勇気を振り絞って語ってくれた先人の言葉を受け止め、後世に伝えていくことは本当に大切なことだと感じました。
この本は、つい先頃文庫化もされました。私は単行本で読みましたが、お寺の貸し出しコーナーに置いておきますので興味のある方は是非ご一読下さい。