
今年も無事に宗泉寺の春のお彼岸と永代経をお勤めすることができました。法要中にネット中継の音声が切れるトラブルがあり、お名前を拝読している途中で音声が切れていました。申し訳ございませんでした。
今回は滋賀から瓜生崇先生をお呼びして、「救い」をテーマにお話ししていただきました。お話を聞いた感想を書かせていただきます。
住職から先生にアジャセ王子の救いの法話をして欲しいとリクエストしていたそうです。宗泉寺の2月の聞法会でアジャセ王子の救いの話題があり、良い機会だと思ったということでした。アジャセ王子は『観無量寿経』という浄土真宗で大切なお経にも取り上げられています。
アジャセ王子が父親のビンバシャラ王を殺すお話しなので、息子が父を克服する親子関係の心理学の例話として聞いた方もいるかと思います。

今回は『涅槃経』のアジャセ王子のお話が取り上げられていました。父親であるビンバシャラ王を幽閉し残酷な方法で殺してしまった事を後悔したアジャセ王子。王子は父親殺しの罪で地獄に落ちることを恐れます。身心の弱り切ったアジャセ王子は、医師に紹介されてお釈迦様に会いに行き、お釈迦様のお話を聞いて救われるというお話です。親鸞聖人が書かれた『教行信証』には
世尊、もしわれあきらかによく衆生のもろもろの悪心を破壊せば、われつねに阿鼻地獄にありて、無量劫のうちにもろもろの衆生のために苦悩を受けしむとも、もつて苦とせず(アジャセ王子のセリフ「お釈迦様、もし私が人々の苦しみの心を壊せるならば、私がいつも最も辛い地獄にいて、どれだけの時間、人々のために苦しみを背負うことになっても、それを苦しみとしません」)
という『涅槃経』の言葉を引用しています。
お釈迦様のお話を聞いて安心したアジャセ王子が、今までは私は地獄に落ちたくないと恐れていましたが、私は地獄に落ちてもいいから他の人を救いたいと心が変わったそうです。親鸞聖人の『歎異抄』のお話にある法然さんにだまされて地獄に落ちてもかまわない「地獄は一定すみかぞかし(地獄が私の居場所)」といっていたお話と同じだなあと思いました。そこまで思える気持ちって何なんだろうと思いました。
また、瓜生先生の関わっているカルト問題のお話しも聞きました。カルト宗教の信者の方を馬鹿にしたり悪い影響しかないと見る、世間の視線への指摘も印象に残りました。宗教二世の人々の苦しみや、カルト宗教団体を引き金に起こった重大事件の報道を通じて、カルト対策に深く携わるなかで信者の人たちは、ものすごく真剣に救いを求めていると感じたそうです。
真面目に戒律を守って修行する僧侶が、仏の名前を呼ぶだけで救われるという教えを説いた法然上人を受け入れることができなかったのは、頭も良く、集中力もあり、真面目で勤勉な人が、ものすごく真剣に仏教に救いを求めていたから譲れない部分があったからです。真剣になればなるほど、私の打ち込んでいるもの以外を排除する心が起こってしまいます。あなたも私も色んな方法があって良いですねと気軽にいえないくらい頑なになってしまいます。
この日のお話は宗泉寺のYouTubeでお聞きいただけますので、是非そちらをお聞きください。