帰敬式研修  三つのもとどり

 一月十五日に第一回帰敬式の講習会を行いました。

 帰敬式は、昔は「おかみそり」と呼ばれていました。帰敬式を受式する方はご本尊の前で「三帰依文」を唱和します。そして儀式の執行者(住職)から「おかみそり(剃刀)」が三度、頭にあてられます。

 おかみそりは、刃を研いでいない儀式用の物を使います。実際には髪を剃ることはありませんが、髪を剃りおとすことをかたどった儀式です。

 親鸞聖人の伝記をまとめた口伝鈔の中で「勝他・利養・名聞の三つの「もとどり(髪)」をそりすてる」ということが伝えられています。

 浄土宗の開祖、法然上人に弟子入りをした鎮西の聖光房というものがおりました。

 聖光坊は諸国を巡って教えを深め、京都で智慧第一と言われた法然上人のもとに参った時も「法然も、たいしたことのない坊主なら我が弟子にしよう」と思うほど勝ち気な人でした。しかし聖光房は法然上人に感服して弟子となりました。

 その後三年がたったあるとき、聖光房が荷物をまとめて、法然上人の前に現れました。

 「故郷が恋しくなりまして鎮西(九州)に帰りたいと思い、お別れをしたいと思います」といって頭を下げて門から出て行こうとしました。

 法然上人は「おやおや、修行者が“もとどり(髪)”を剃らないで行くとはな」と言いました。

 その声が聖光房の耳に入ると、戻って来て「出家得度(お坊さんになる)して髪を剃り落として久しいのに、髪を剃っていないという言葉を聞きましたが、非常識じゃないですか。聞こえてきた言葉が気になって道を行けません。どういうことかお聞かせいただくために帰ってまいりました」と言いました。

 法然上人はおっしゃいました。「修行者には三つの“もとどり(髪)“があります。勝他・名聞・利養です。

 この三年の間に私が話した教えをノートにまとめて持ち帰るようですね。故郷に帰って人に説き聞かせようとすることは、これは勝他です。勝他とは人に勝ちたい権力が欲しいために教えを利用することです。

 またそれによって立派な学者だと認められたいと思うことは、これは名聞を願うことになります。名聞とは名声欲しさに教えを利用することです。

 これらによって良い暮らしを望むことは、利養のためでしょう。利養とは財力のために教えを利用することです。

 この三つの勝他・名聞・利養の髪を剃らないで、どうして修行者といえるでしょうか。だから聖光房は髪を剃っていないと申しました」

 聖光房は、自分の虚栄心を見抜かれていたことを恥じて、荷物から大切にしまっておいたノートを取り出して、法然上人の前で焼き捨てて出て行きました。(出典『口伝鈔』)

という物語が今でも伝わっております。

 このお話は教えを大切にしている人でさえも名声・財力・権力の魅力を捨てられない心を戒めています。三つのもとどりは自分が欲しているものを表します。 みんなに認められたい、かまって欲しい、私をないがしろにしないで欲しい。

 その心で自分も傷ついて、他人にも害を与えます。その欲望の心を教えていただいて、たよりとする考え方はお釈迦様の教えだとしっかり決めようという機会が帰敬式です。