2021秋 みんなで本を読むー聞法会の報告

 コロナ対策として、距離を取って、時短、マスク着用参加、飲食は無し、本を参加者で読んで感想や疑問を話し合います。

10月16日(土)

 法語カレンダーの『老いが、病が、死が 私の生を 問いかけている』という言葉について二種類のテキストを音読しました。

 お釈迦様の四門出遊のエピソードを中心に、それぞれの筆者の体験や思いを述べた短い文を読んで感想などを話し合いました。

 文中の引用「老病死を見て世の非常を悟る」(『大無量寿経』)という言葉に対して、老病死は非常ではなく日常にあることでは?という意見が出ました。

 この非常は日常ではない非日常という意味ではなく、私達が思っている「明日も来る」という思い込みは間違っているという意味ですというお話をしました。

 他にも生老病死に触れる日々の中で感じたことや疑問を聞かせていただきました。

2021 報恩講・秋彼岸会法要 勤修

 ワクチン接種が進んではいましたが、まだまだコロナ感染が心配な時期でしたので、申し込み制で人数制限をしてのお勤めになりました。 参加は難しいのでと懇志を送って下さったり、インターネット動画での配信を見て下さった方もいました。それぞれの方法でお彼岸、報恩講に思いを寄せて下さっているのが感じられ、有り難かったです。

 講師の先生に遠方から来ていただいて良いのかも悩みましたが、直接御法話を聞かせていただきました。

 滋賀県東近江市より、瓜生崇先生においでいただきました。滋賀の大谷派のお寺のご住職で、日本全国で御法話をされています。宗泉寺でも何度かお話をしていただいています。

 今回は大谷派で大切にされているお経のひとつである『仏説観無量寿経』についてお話しいただきました。

 おおざっぱにですが、どういう内容なのかあらすじを記します。

 『観無量寿経』と言うお経は、古代インドの国、マガダ国の王子アジャセが、仏弟子ダイバダッタにそそのかされます。父であるビンバシャラ王を幽閉し殺害しようとします。次いで母イダイケ夫人が幽閉されたというお話です。

 次に、閉じ込められたイダイケ夫人の願いに答えてお釈迦様が現れます。

 イダイケ夫人は「何でこんな目にあわなきゃならないんだ」とお釈迦様に愚痴をこぼします。「どうかこんな親子が殺し合う世界ではない、どこか良い世界を教えて欲しい」と願います。

 お釈迦様は全宇宙の尊い方が治める世界を一つ一つイダイケ夫人に見せます。夫人は、その中で阿弥陀仏の世界(安楽国)に生まれたいと願いを起こします。イダイケ夫人は「私はお釈迦様の力で安楽国を観ることができましたが、後の世の人はどうすれば安楽国の世界に触れて安らぐことができるでしょう

か」と教えを請い、お釈迦様が応えるという内容になっています。

「無量寿(阿弥陀)仏を観るお経」ということから歓無量寿経というタイトルになっています。

細かな内容や大事なところを先生がとても詳しく面白くお話しして下さったのですが、中でもお釈迦様を前にしていきどおるイダイケが瓔珞を引きちぎって投げ捨てる姿と、ある先生が法話で病気が重くなるにつれて念仏をありがたがっていたお婆さんが嘆き悲しむ姿をありがたいものと言われた話が特に印象に残っています。人はどんなときでも格好を付けたいと思っているという指摘に、とても思い当たって。格好をつけたいと思っている自分を見ないようにしていたと思いました。

2021 新盆合同法要・盂蘭盆会合同法要勤まる

 

 7月11日には新盆合同法要を、8月1日には盂蘭盆会合同法要を宗泉寺本堂に於いてお勤めしました。

 どちらも、人数を大幅に絞っての開催のため先着申し込みとし、時間をこちらで決めさせていただきました。皆様のご協力の御陰で無事にお勤めすることができました。ありがとうございました。

 また、動画配信サイトにて当日の動画をご視聴いただきました。

 大幅に人数の制限をお願いしましたので、来られなかった方も一緒にお参りいただければという思いで配信しました。五十回ほどの再生数でしたが安心して参詣できたと好評でした。


新盆法要の法話

仏教では命は六道輪廻をめぐるといわれています。良いことをすれば良い世界に生まれ、悪いことをすれば悪い世界に生まれるという輪廻転生の考えです。

善因楽果(良いことをすれば楽しいことがある)・悪因苦果(悪いことをすれば苦しいことがある)という自業自得の教えは、仏様(悟りを開いた者)以外には、何が善で何が悪か判断ができません。真実を知らないからです。

悟りを開けない、真実を知らない人は南無阿弥陀仏の大悲の救いを頼りにしましょうというお話をしました。


盂蘭盆会法要の法話

 コロナウィルスで思い通りに行かないことが多くて嫌な気持ちがします。思い通りに行かない最たるものは死です。お集まりの方は死をご縁におこし下さいました。

 私も老いて病み死にゆく身ですが、なかなかそうは思いません。亡くなった方の事を思い出し、自分自身もまた限りのあるものであると思い出しましょうというお話をしました。

 当日行けないので、家で一緒にお参りしたいと開始時間などをお問い合わせ下さったり、懇志を寄せて下さった方もいらっしゃいました。

 開催した頃はオリンピック開催前で、ワクチン接種も少しずつ行われ始めていました。この報告を書いている今、感染力の高いウイルスに変異したことや、自宅で重症になり苦しんでいる方や亡くなる方のニュースも多く聞きます。

 人ごとではなく、不安の大きい毎日ですが、できる方法や対策を考えながら、活動していきたいと思っています。

 

202109 みんなで本を読むー聞法会の報告

 コロナ対策として、距離を取って座る、時間を短縮、マスクを付けての参加、お茶タイムはなしで、本を皆さんで読んでいます。感想や疑問を話し合います。

六月十三日(日)

 今回の報恩講の『溶け合う世界へ』を引き続き読んでいきました。参加者の方と分からない言葉や内容を確かめ合いました。

 私が考える死も人それぞれ考え方や価値観が違いますが、自分の価値観が正しいと思っているのが人間です。その考え方が苦しみを産んでいるという内容でした。

 ◆報恩講に著者の瓜生崇氏が来ます。宜しければご参詣下さい。

亡き人をとむらう

 最近の傾向として葬儀の簡略化や葬儀不要・墓不要のお話を聞くようになってきました。

 (株)冠婚葬祭総合研究所の調査の結果では図一の様な結果になったそうです。

 自分の葬儀についてはお金がかかるから等、やらなくて良いという方が25%です。

しかし家族の葬儀については9割の方がきちんと葬儀をしたいと思っています。

 葬儀や法要は自分の考える通りにしたいという方が増えていますが、家族や友人にとって最後にお別れやお礼を伝える機会は本当に大切なものです。

 私のための法事は申し訳ないと本人が思っていても、家族がお参りする機会を奪わないで欲しいと思います。

 是非とも生きている間にご家族とよく話し合っていただければと願います。

つなぎ手プロジェクト

福祉仏教入門講座に参加

 昨年から様々な研修がオンラインで受けられるようになり大変嬉しく思っております。

 特徴的だったのが仏教の新聞を発行している文化時報社が開いた「福祉仏教入門講座」でした。

 一人暮らしの方、障がい者の方、認知症の方など困っている人を支える手を増やすのに、お坊さんも良いかも?ということから始まったようです。

 さまざまな専門職の方のお話を聞きました。

 市民後見人や成年後見制度の仕組みや財産の取り扱いについて。

 自分が亡くなった後は、死後事務委任といって死後の儀式や埋葬をどのようにするのかを決めておく契約があるということ。障がい者の親が、死後にも子供の幸せを守りたいという「親なきあとの会」の紹介もありました。

 福祉士(困りごとのある人を支える仕事)の実例。病院内で傾聴をする僧侶など、一回一回が講師の半生をかけて積み重ねて来たことを九十分でお話しするので、とても専門的で難しいと思いました。

 私は後継のいない方の死後の墓守の相談をされた事もあり、何か参考になるのではと思って研修を受けました。

 お金の事はファイナンシャルプランナー、契約は行政書士、NPO法人などそれぞれ事案ごとの責任の重さからプロフェッショナルが務めているんだと改めて思いました。

 研修で印象に残った言葉は、「悩みのある方を自分で支えると思うと潰れてしまう。救急車になるのではなく、通報者になって下さい」という言葉が印象的でした。事故があったら人命救助はできなくても、救急車を呼ぶくらいだったらできるかもと思いました。

 困ったことのある門信徒の方を、それぞれの専門家につなげられたら良いなと思いました。

詩「南無阿弥陀仏の日暮らし」     

 東本願寺出版の『お彼岸』に載っていた言葉を転載します。熊本県玄徳寺の住職の祖母が口ずさんでいた詩です。

あぁ知らなんだ 知らなんだ

三度の食事は いとわねど

二度のお礼が 大義(たいぎ)でならぬ

日々に一度の お(ぶっ)(ぱん)

枯れたお花の たてかえも

不承不承(ふしょうぶしょう)でする

このわたくしを 第十八願の

お目当てとは 今の今まで

知らなんだ 知らぬ昔は

是非(ぜひ)もない 知らせてもろおた

今日からは 両手あわせて

南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏の

日暮らしが 何よりと(ぞん)ずる

次第(しだい)でございます

 旦保心治意訳(三度の食事は嫌ったことがないが、二度のお礼―朝夕の勤行が面倒でならない。日に一度のお仏飯も、枯れた仏花の交換も仕方無しで嫌々やっている。この私が阿弥陀様の御名を聞けば、必ず救われるというお目当てであったとは知らなかった。今日からは両手合わせて南無阿弥陀仏の日暮らしが何よりだ)

口に出して読んで頂けると五七調で読みやすいと思います。

2021 帰敬式報告

 

 4月23日に宗泉寺本堂におきまして、2名の方が帰敬式を受式されました。おめでとうございます。

 帰敬式の後に、お二人に帰敬式を受けようと思った動機や受式した感想をお話しいただきました。


S藤さん(法名:釋尼華風)

 80歳になった記念に受式されたそうです。仏教のことを少し知っておきたいという思いもあったとのこと。

 受式しての感想は、仏教は葬儀や法事などの儀式だと思っていたけれど、受けてみて気持ちが引き締まる思いがした。これからどう生きていくか、残りの人生の方向が定まったとお話しされました。 お寺とのつきあいは大変なのかとおもっていたけれど、庶民のためのお寺だと感じたと言って頂き、有り難くも気が引き締まる思いです。


o滝さん(法名:釋尼勝華)

 お連れ合いが亡くなったときに法名をいただく時も慌ただしくなってしまったので、早くに自分の法名をいただいて、軸として生きていこうと思ったとのこと。

 受式しての感想は、人生でいやなこともあったけれど、略肩衣をかけて、決意ができた。南無阿弥陀仏と手を合わせて行けたらと仰っていました。

 お連れ合いのご実家の宗派が大谷派だったそうで、お連れ合いへの思いから選んだそうです。お寺にお参りすると気持ちがすっとするとお話ししてくださいました。  うららかな春の日に、受式後のお二人の笑顔が爽やかで、いい帰敬式をさせていただけたなあと感じています。

2021春 お寺デ健康体操

 

おみがきの後、フレイル防止の健康体操を指導してもらいました。椅子を使って、ふだんあまり動かさない部分のストレッチなどをしました。どうしても家にいることが多くなり、運動不足になっていた体に効く感じがしました。

 

2021 おみがき〜永代経に向けて

 3月14日日曜日の午後1時より、宗泉寺本堂でおみがきをしました。換気のため窓を開けて、マスク姿で、いつもよりも距離を取りながらの作業でした。

 久しぶりに会うお寺の仲間とのちょっとした会話や笑顔があり、和やかな雰囲気でした。お陰様できれいな本堂で永代経の日を迎えることができました。

 ありがとうございました。