2025夏 浄土真宗と差別について

鎌倉時代の社会背景

親鸞聖人が活躍した鎌倉時代には、深刻な身分差別が存在していました。当時の仏教的な考え方では、人の生まれや境遇はすべて前世の行いによって決まるとされていました。貴族は前世の善行によって豊かに生まれ、貧しい人々は前世の報いでその境遇にあるという価値観でした。病気や災いも前世の報いや祟りと考えられていたのです。

比叡山での学び

親鸞聖人は比叡山で法華経の「一乗」の教えを学びました。これはみんなで一緒に救われていこうという教えでしたが、実際にはその教えを理解できる限られた人だけが救われ、理解できない人は来世に期待するという考え方でした。

法然上人の革命的な教え

浄土宗を開いた法然上人は、「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えるだけで、どんな人でも平等に極楽浄土に生まれることができると説きました。

この教えは既得権益を持つ権力者や僧侶たちから激しく嫌われました。前世の報いによる身分制度を否定し、社会秩序を破壊する危険な思想と見なされたからです。どんな生き方をした人でも「南無阿弥陀仏」と唱えるだけで救われるなら、社会の倫理が崩壊すると恐れられ、法然教団は弾圧され流罪に処せられました。

親鸞聖人の歩み

法然上人の弟子であった親鸞聖人は、自らを「愚禿親鸞(愚かなハゲ)」と名乗り、「石瓦礫のごとくなる我らなり」と表現しました。これは文字も読めず、苗字もない庶民と共に生きる姿勢を示していました。

親鸞聖人は殺生の戒律を破る漁師、商売をする人、畑を耕す人など、当時「罪を作る」とされた職業の人々と共に暮らしました。『熊皮の御影』という絵では、僧侶が身につけてはいけない動物の死体である鹿の角の杖と熊の皮の敷物の上に座る親鸞聖人が描かれており、どのような人々と親鸞聖人が交わったかを物語っています。

被差別民との結びつき

親鸞聖人の教えは、四民(士農工商)から外された差別を受けてきた人々の間で深く信仰されました。動物の処理や皮革製品を作る仕事に従事していた人々の住む地域の7割が浄土真宗の門徒であったといわれています。

浄土真宗は、全国の被差別民のもとに阿弥陀様の救いが届いていることを伝え続けてきた宗派でした。

教団の差別と反省

しかし歴史の中で、浄土真宗の教団自体が差別を行ってきました。差別を受けてきた人々と関わる寺を蔑み、寺院に格付けをしたり、差別を受ける信者を境内に入れないような扱いをしていました。

100年前、水平社という差別撤廃運動を起こした人々は「差別がなくなるまで本山への寄進を停止する」と決議しました。しかし彼らは信仰に基づいて実際には寄進を続け、本山に変革を求め続けました。戦後になってようやく、本山は寺院の格式制度を撤廃しました。

現在の課題

現在も差別の問題は続いています。住む地域による見えない差別、出身による価値判断、外国人への偏見など、様々な形の差別が存在します。

親鸞聖人が説いた阿弥陀様の平等な救いの教えを受けた私たちは、日常生活において差別をせず、人を傷つけないよう注意深く生きていきたいものです。人と比較して自分の価値を見出そうとする生き方を否定した仏教の教えに学び、真の平等について考え続けていく必要があります。

2025-09-01 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : stan