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宗泉寺のホームページへようこそ。

 宗泉寺は茅ヶ崎市唯一の真宗大谷派寺院として、ご門徒の方々と歩んでおります。
 地方から出てきてお手次のお寺(菩提寺)がいままでなかった。故郷の父母と同じお経をとなえたい。そういった方々が気軽にお付き合いしていただいております。

宗泉寺の特徴

  • 現住職が始めた新しいお寺です。古くからのしきたりがありません。

  • 檀家、菩提寺、手次寺などお寺の維持のための関係がありません。

  • 聞法会、報恩講、永代経などの行事をとおして教えを説いています。

行事予定

2025夏 報恩講法要と秋彼岸会法要

日付 9月21日(日)

時間

午後1時    法要

午後1時40分 法話1

午後2時25分 休憩

午後3時30分 法話2

午後3時15分 質疑応答

午後3時30分 散会

講師 葉狩 巧弦氏(浄土真宗本願寺派 願海寺衆徒)

報恩講は親鸞聖人のご命日の法要です。秋のお彼岸の時期に親鸞聖人の教えに耳をかたむけてみませんか。皆様と一緒に親鸞聖人の書かれた『正信偈』をお勤めします。ご参詣お待ちしております。

2025-09-01

2025夏 正信偈を書く会―写経の会―

日付

10月6日(月)

11月10日(月)

12月8日(月)

時間 午後2時~午後3時(時間中のどこでも来られる時間に)

※3時~3時半ごろまでは茶話会の予定です。お茶とお茶菓子つき。

会場 宗泉寺

持ち物 使いやすい筆記用具。筆ペン、ボールペン、万年筆など。

※テキストは、東本願寺出版発行の『お手本をなぞって書いて学ぶ親鸞のことば 正信偈』を使用します。他にも和讃のテキストなども準備しています。お一人一冊差し上げますので、自分の本にしてください。

2025-09-01

2025夏 聞法会

 

日付 10月16日(木)

11月19日(水)

12月18日(木)

時間 午後1時~午後2時半

場所 宗泉寺

正信偈をお勤めして、住職の正信偈のお話し30分、その後、法語カレンダーの法語についての本を読みます。1時間半で終了します。どなたでも参加できます。

2025-09-01

2025夏 草むしり―境内を快く―

 

時間 午前9時30分~午前11時

日付

9月16日(火)

10月14日(火)

11月25日(火)

場所 宗泉寺 境内

服装・持ち物 汚れてもよい服装、汗を拭くタオル・着替え等

体力のある方向きの作業です。お寺の境内の草ひきと清掃です。

遅刻、途中退出気にせずに参加して下さい。お茶はお寺で準備します。昼食なし。雨天中止。

2025-09-01

2025秋 おみがき―仏具を綺麗に―

日付 9月14日(日)

時間 午後1時より2時半頃まで

報恩講に向けて、お寺の本堂の仏具を綺麗にします。椅子で座って机で出来る軽作業です。

2025-09-01
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新盆合同法要・盂蘭盆会合同法要勤まる

 7月6日には新盆合同法要を、8月3日には盂蘭盆会合同法要を宗泉寺本堂に於いてお勤めしました。両日とも当日は猛暑でしたが、無事にお勤めすることができました。

新盆合同法要の法話の要約

 本日はこの一年の間に亡くなられた大切な方をご縁として、初めてのお盆を迎える皆さまと共に、お盆の法要をお勤めすることができました。

 今年も、幼いお子さまから100歳を超える方まで、多くのご葬儀に立ちあわせていただきました。その中で、多くの別れや悲しみのお姿に出遇ってまいりました。

 仏教では、お釈迦さまが説かれた「四苦八苦」という教えがあります。生まれること、老いること、病むこと、死ぬこと、この4つの苦しみに加えて、「愛別離苦」愛する人と別れなければならない苦しみがあります。これこそが人にとって最も辛く悲しいものだと、お釈迦さまはお説きになられました。大切な方とも、いつかは別れが訪れる。そのことを胸に、今共に生きている時間を大切にしていきましょう、というのが仏教の教えです。

 さて、この盂蘭盆会は『盂蘭盆経』というお経に基づいた法要です。昔、お釈迦さまの弟子である目連尊者は神通力を得て、亡くなった母を救おうとしました。しかし母は餓鬼道という苦しみの世界に落ちており、食べ物を与えても炎となって消えてしまい、助けることができませんでした。困り果てた目連尊者はお釈迦さまに相談しました。するとお釈迦さまは、「7月15日、修行を終えた僧たちに食べ物を供養しなさい。その喜びを分かち合うことで、あなたのお母さんも救われるでしょう」と教えられました。目連尊者がその教えの通りにしたところ、母は餓鬼道から救われ、天人の世界に生まれ変わることができたそうです。

 このお経のように、みんなで喜びを分かち合い、助け合うことが大乗仏教の教えです。「私だけが救われればよい」「あの人だけが救われればよい」というのではなく、共に支え合い、共に救われていこうというのが大乗仏教の精神です。

 また、本日皆さんと読誦した『阿弥陀経』の中に「祇樹給孤独園」(ぎじゅぎっこどくおん)と出てきました。その『阿弥陀経』が説かれた場所が祇樹給孤独園です。祇樹は祇陀 (ジェータ) 王子の林、給孤独は孤独な人に施しをした須達 (スダッタ) 長者のことです。

 ジェータ王子とお金持ちのスダッタ長者という2人の人物によってつくられた精舎であり、祇園精舎として有名な場所です。京都の祇園の名の由来も、この祇園精舎にあると伝えられています。

 スダッタはお釈迦様の教えを聞くための場所を作りたいのでジェータ王子の素晴らしい林を売って欲しいとお願いしますが、王子はスダッタの持っている金貨を敷き詰められた分だけの土地を、その金貨で売ってあげようと言います。スダッタは持っていた金貨ばかりか家財産も自分の服をも売って裸で金貨を敷き詰めたそうです。それを見た王子は心を動かされ、お釈迦様のお話を自分も一緒に聞きたいと思い土地を寄進したそうです。ここにも「分かち合い」「支え合い」の精神が示されています。

 本日の新盆法要は、故人を偲ぶとともに、そのご縁を通じて仏さまの教えを聞き、互いに励まし合い、支え合って生きることをあらためて思い起こす機会です。どうぞこのご縁を大切にしていただければと願っております。


盂蘭盆会合同法要の法話の要約

 先日、ロシアで大きな地震があり、日本でも津波警報が出されました。東日本大震災を思い出し、「備蓄はあったかな」と振り返ったり、東海道線が止まって帰れなくなった方もいらしたことと思います。けれど日常に戻ると、そうした出来事もつい忘れてしまい、また一生懸命に仕事や生活へと戻っていくしかない。そんな中で、私たちの歴史をたどろうということで、亡くなった方のことを思い返し、また私たちの父母、祖父母たちが歩んできた道のりをもう一度思い出そうということで、このような法要をお務めをするわけです。

 今年は「戦後80年」の節目の年です。戦争を振り返る番組や、ジブリのアニメ映画『火垂るの墓』も久しぶりに放送され、戦争について改めて考える機会も多くあることでしょう。一方で、この前の選挙では、外国人を差別し再び戦争をしようとするような党が票をのばすといったこともありました。人間はどうしても「自分が大事、家族が大事、この国が大事」と、自分を中心にしてしまいます。そうしてよその国に攻め込み奪って80年前の大きな戦争を経験したわけですが、なかなか周りの人と気持ちを分かち合って生きていこうということができないのが私たち人間の心です。

 800年前の親鸞聖人の時代もまた、戦や飢饉がありました。今日食べる食べ物もなく、亡くなる人が多くいました。現代でも、米の不足や物価の高騰など、飢えている人もいます。戦国の世も戦争の時代も、他から奪ってでも蹴落としても生きようとするのがこれまでの歴史です。それでも人は一人では生きられません。互いに気遣い合い、支え合って生きていくしかないのです。

 けれども、私たちの心は欲望によって容易に暴走してしまいます。

 「私の体」「私の家」「私の土地」「私の国」そうして広がっていく「私」の欲望です。けれどもお釈迦様はその根本である「私」というものはどこにもないんだということをお説きになりました。それが仏教の教えです。どこを切っても私というものはありませんよということを発見したのがお釈迦様です。体や心を分けて見ていけば“本当の私”という実体は存在しないのに、そこに『私のもの』と執着する思い込みが苦しみの原因になっているのです。

 その私のものという考え方がすでに間違っているんだよ、私たちは縁によって不思議なことにこうして命があって今日生きている。みんなそういう命を、お互い最高の命を生きているんだよということを説いたのが仏教の教えです。この人がご飯を食べる人でこの人は作る人、そういうような世界は成り立たないでしょうということを解いたのが、お釈迦様の教えです。お互いの役割や違いを認め合い、「お互いさま」と支え合って生きることが仏教の教えです。

 これからも、心静かに手を合わせる時間を作りながら、悩み苦しみばかりの人生ではございますが、どうやって生きたらいいのかなと先立って行かれたお連れ合い様、お父さんお母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、ご兄弟、子どもさん、「今、生きていたらどんな風に私のこと見ているかな」と想像をしながらこのお盆をお過ごしいただけたらと願っております。

2025-09-01

2025夏 みんなで本を読むー聞法会の報告

 前半は正信偈について住職からお話をし、後半は法語カレンダーの今月の言葉についてのテキストをみんなで読み、思った事などを話しています。お経や教えの話だけでなく、それぞれの思い出や最近あったことなども交えて自由におしゃべりしたりもする気楽な会です。

◇5月8日(木)

前半は住職が前回より引き続き『正信偈』のお話をしました。正信偈は親鸞聖人が著された教行信証をもとにつくられた偈文(仏教の教えをうたにしたもの)であること、七高僧のお一人である道綽上人についてのお話をしました。

5月の言葉

仏さまというのは 向こうから私のところへ いつも来ているはたらきです

 ―近田 昭夫-

 亡くなった方はどこにいくのかという問いについての文章を読みました。仏さまになった方は思い出したときそばにいてくれる感じがする、どこかに行く感覚はあまりないとお話しして下さった方がいました。死んだらどうなるのか、死んだ人はどうなるのか。親しい人の死を受け止めていくことの難しさを考える時間になりました。

◇6月5日(木)

 『正信偈』についてのお話は前回に続いて七高僧のお一人である道綽上人についてお話しました。

六月の言葉

何に遭ったのか それによって その人の人生は決定する ―梯實圓

 直接会っているということがちゃんと出遇えているとは限らないという文章を読みました。「あう」にはいくつもの意味があるということをお話しました。

2025-09-01

2025夏 正信偈を書く会―写経の会―

 写経の会を月一度のペースで続けています。5月26日、6月16日に宗泉寺本堂で開催しました。7月8月9月はお盆、報恩講があるのでお休みです。次回は10月に開催予定です。

 1時間集中して写経をしています。テキストは無料で差し上げております。お気軽にご参加下さい。

2025-09-01

2025夏 あじさいの会〜グリーフケアの会報告

 6月27日に宗泉寺本堂にて、グリーフケアの会を開催しました。あじさいの会として、大切な方を亡くされた方で集まりました。

 まず皆さんで正信偈をお勤めしたあと、住職からグリーフについてお話をしました。グリーフとは、大切な人やもの、関係や機会を失う体験によって生じるその人なりの心や体の反応のことです。どんな感情や反応もおかしなものではない、自然なものですということを共有させていただきました。

 次に、414(よいし)カードというゲームを使って、生死について大事に思っていることを聞きあいました。カードをきっかけに今の気持ちや考えてることなど、色々なことをお話くださいました。414カードとは、誰もが気軽に、死を見据えて自分が大切にしたいものに気づき、大切な人との対話を可能にしたりするカードです。

 グリーフのお話ししたり、それぞれのグリーフを安心して話してもらえる場を作る事を目指して、会を継続していきたいと考えています。

2025-09-01

2025夏 境内を綺麗に―草むしり報告

 7月から9月までは1時間早めて午前8時から作業開始、午前10時ごろに終了としましたが、7月8月は危険な暑さの日もありました。来年の夏は天気予報の気温次第で作業中止も考えなければと思っています。お手伝い下さった皆さんありがとうございます。

2025-09-01
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