趣味の感想文
坊守の間
宗泉寺報に掲載したブックレビュー
   

『神戸在住』
木村紺 作

アフタヌーンKC
 阪神大震災から今年で二〇年だそうです。もう放映は終わってしまったのですが、神戸のテレビ局の開局と震災二〇年の記念事業として「神戸在住」というドラマが制作され、テレビ神奈川でも放映されました。私は原作コミックのファンなので、事前に情報を知って、とても楽しみにして見ました。
 コミックは、仮設住宅があり、震災後の工事現場がまだ残るころの神戸で、登場人物は阪神大震災を体験した世代の大学生達でした。主人公は東京出身で直接は体験していないし、物語の中心は学生生活と神戸での出会いです。ですが、物語を通して、震災の話は端々に現れ、震災の体験が中心のエピソードもあります。
 一方、ドラマの舞台は現在の神戸です。主人公達は、阪神大震災を体験していない世代であり、主人公は直接の被害はなくても東日本大震災を体験しています。津波や建物の倒壊はなくとも、大きな揺れやスーパーから食品が消えたことは、私たちの記憶にも新しいとおもいます。ドラマ中でもそうした経験にふれていますが、中心は主人公の成長の物語です。
 原作の設定を生かしながら、今現在をうまく表した話になっているなあと感じると同時に、直接体験をしていない私はすぐに忘れてしまうんだなあと思いました。阪神大震災から今年が二十年目というのを、このドラマを通して思い出したくらいです。ドラマ中でも、小さな地震でも、阪神大震災の経験から座り込んでしまう人が出てきます。人にもよるのでしょうが二〇年たっても、恐怖がよみがえることがあるのでしょう。
 原作、ドラマ共に希望や暖かみのある物語です。ですが、普通の生活が送れるようになっても、あったことが消えてなくなるわけではないということも感じました。
 直接体験していない私こそ、忘れないことが大事なのではないかと感じました。

(釋尼光智2015/01)
   
   


   
   

『あとかたの街』(一)
KCデラックス BE LOVE
おざわゆき 著



『凍りの掌』
 小池書院

おざわゆき 著
 あとかたの街は、名古屋の空襲を、凍りの掌はシベリア抑留を題材にした漫画です。名古屋のお話は著者の母を、シベリアのお話は著者の父を取材し、漫画にかいたものだそうです。
 あとかたの街は、戦時中ながらも女性の車掌さんに憧れたりする普通の女学生が主人公です。太平洋戦争末期のころのお話で、近所の人が戦死したり、妹が学童疎開したり、食糧事情が良くなかったことが描かれています。
 出来事としてはテレビや教科書で見知っていることですが、生活の身近なところにある戦争、十代の女の子の葛藤や憧れが丁寧に描かれているからか、不思議に生々しいというか実感が伝わってきます。まだ一巻なので、続きでおそらく空襲のことがかかれるのだと思います。

 凍りの掌はシベリア抑留の話です。こちらは、地表が凍ったり、仲間が次々と倒れていく過酷な様子が描かれています。明らかに非日常の悲惨な状況なのに、本当にあったのだと、想像することしかできないはずの痛みや冷たさが伝わってくるようです。
 絵柄はとてもかわいらしく、写実的ではないけれど、どちらの作品も、五感に訴えてくる作品でした。
 作者の描写の力もあるのでしょうが、ご両親に直接インタビューされたということも、感覚的な伝わりやすさに関係しているのではないかと思いました。
 戦争を体験した人たちから直接聞く事は大きいことだと思いますが、聞いたことを伝えていくことも力を持っているのではないかと思います。

(釋尼光智2014/08)
   
   


   
   

『星を賣る店』
平凡社

クラフト・エヴィング商會著
 著者のクラフト・エヴィング商會は、吉田浩美、篤弘の二人組です。小説を書いたり、ブックデザインを手がけています。今はなき、週刊ブックレビューという、テレビ番組のオープニングアニメーションのデザインも、こちらの二人組の仕事なのだそうです。 洒落ているけれど、今っぽすぎず、面白い、素敵なデザインばかりです。
 私が初めて存在を知ったのは学生の頃に『どこかへいってしまったものたち』という本で、でした。不思議な道具を扱っているお店から、いつの間にか消えてしまったものを説明書や空き容器から解説するという本でした。空き箱や、説明書の写真も掲載されていました。本の後の部分で、どうやって古びた解説書をつくったかという種明かしがされていますし、架空のお店だろうとはわかっているのですが、読み終わった後もなんだか本当のような気がします。
 図録の展覧会を、実際に見てきました。本の展示もあるのですが、『どこかへいってしまったものたち』に出てきたような不思議な品物や、吉田氏の小説に登場したような架空の町の一角がありました。冷静に考えれば、しゃれたラベルのついたガラス瓶だったり、木製の看板だったりするのですが、それらのデザインがすごくよくできているので、まるで本当にその瓶に雲が入っていたような、その看板のある町が存在するような気もちがするのです。品物に添えられた文章が、想像力をいっそうかき立てます。
 ものや出来事の見えていない部分を本当のように思う人間の想像力というのは、本当に不思議なものだなあと思います。

(釋尼光智2014/01)
   
   


   
   

『旅行者の朝食』
米原万里著
 文春文庫(Kindle)
 初めて読む著者の本です。また、はじめて一冊分電子書籍で読み終えました。
 文庫であっても、装丁や、ぱらぱらめくる感触も好きなので、紙の本を断然支持する気持ちが強いのですが、新しもの好きの住職が使っているiPadを借りて読んでみました。
 字の大きさが以外と大きく、暗い部屋でも明かりをつけずに読めるのが便利でした。画面の質は年々良くなっているのだなと感じました。
 欠点は、意外と機械そのものが重さがあることです。寝る前に布団で本を読むのですが、うとうとして顔の上に落としたときは結構痛かったです。 それから、十数ページ前にちょっと戻りたいと思ってもぱらぱらとはめくれず、ちょっとやりにくかったです。
 できれば書庫に、紙の本をいっぱいというのが夢ですが、現実にはそうもいきませんから、省スペースにもいいかもしれませんね。 
 著書の内容は、ロシア語の通訳で海外生活も長い著者が、出会った食べ物を中心に、歴史や思い出を綴ったエッセイです。
 ハルヴァという、ロシアの飴菓子がとてもおいしいそうで、でもおいしいのにはなかなか巡り会えないという話が面白かったです。団子とか餅のおいしいのにめぐりあうのは簡単なようで、難しいみたいなものかなと想像しました。
  また、その国の主食の持つ力が人の心を動かし、政治や歴史に影響を与えているという話も面白かったです。白いご飯のおにぎりだったり、ロシアの黒パンだったり、国ごとにこれがないと!というものがあるんですね。
そういうものがフランス革命や、ソ連の崩壊につながったというのが、興味深かったです。
 一番印象に残ったのは、著者をかわいがってくれた叔父さんの話です。おいしいものが好きな叔父さんの最後の言葉は、ほんとうに食べることを楽しんでいたのだなあと思える言葉でした。しめっぽくならず、淡々とした語り口ながら、温かみのある文章でした。

(釋尼光智2013/10)
   
   


   
   

『草子ブックガイド』
1巻・2巻
玉川 重機著
 講談社モーニングKC
 透けるカバーにモノクロのイラスト、本体部分につけられた優しい色がうっすら浮かび上がる、凝った表紙のコミックで、一目惚れして購入しました。以来、何度も読み返しています。裏表紙に描かれた本棚は、実在する本が一冊一冊がどの本かよくわかるように、丹念に描かれています。
 主人公は家庭にも学校にも居場所がないと感じている中学生の少女、草子です。本が大好きな草子は、縁あって『青永遠屋』という古書店の手伝いをするようになります。
 タイトル通り、草子が読んだ本の感想や紹介がかなりくわしくなされています。そして、草子のブックガイドを読むことで、周りの人も自分の思いに気づいていきます。
 草子が一方的に支えられるだけのお話しだと、本ばかり読んでないでみんなと仲良くしようというお話になってしまいます。ですが、一見ひ弱だけれど、自分の意見をしっかりと持っている草子の言葉で、周囲も自分なりに何かに気づいていて、きちんと本と出会いの物語になっていました。
 そして、中学生が主人公なので周囲の情報に惑わされず、自分自身のカンみたいなもので本を選んでいるところが、よかったです。古本屋が舞台なので、現在本屋さんにならんでいる本に限定されないところも、面白かったです。
 大人になると限られた時間で面白い、あるいはためになるものを読みたいという気持ちから、賞や評判で本を選ぶことが多いと思います。あるいは読書の傾向が固まってしまって、同じジャンルや著者の本ばかり選んだり。
 中学生くらいが、金銭的には不自由でも、一番自由に、自分のカンで本を選べる年頃だったんじゃないかと思います。本屋さんや図書館の本棚が、無限に広がる宇宙みたいに思えて、ワクワクした気持ちを思い出しました。
 このマンガは、系統立てた読書を否定しては居ないけれど、自分なりの系統立てで本を読むことを肯定してくれていると思えます。
 まだ暑いけれど、もう少し涼しくなったら、あれもこれも読んでみたいと思いながらめくるのにおすすめの漫画です。雑誌で連載も続いていますので、これからのブックガイドと草子の本や人との出会いもまだまだ楽しみです。

(釋尼光智2013/08)
   
   


   
   

『増補新版
霊柩車の誕生』
朝日文庫
井上 章一著
 子どものころ、時々見かけたキラキラした霊柩車を最近見ないなと思っていました。黒塗りに金色の装飾が付いた、いわゆる宮型といわれているタイプのものです。
 数年前祖父が亡くなったときは、宮型霊柩車で見送りました。
 地域差もあることでしょうが、このあたりで見かける霊柩車は、大型の外車風で、一見ご遺体を火葬場に送っていくようには見えません。実際、私も住職に聞くまでは、あの車ちょっと変わっているなと思ってはいたけれど全く気づきませんでした。
 ここ十数年だけで、宮型霊柩車は姿を見かけなくなり、葬儀は家族葬が広まり、ご法事などを特定のお寺とはおつきあいしないなど、だんだん様子が変わってきているようです。
 著者の井上さんは、葬儀の中でも特に葬列、霊柩車について研究されている方だそうで、今回取り上げた文庫は、今まで井上さんが著されたものをまとめ、増補されたものであるということです。
 葬送が死者を送る人々の心情だけではなく、好景気不景気や自動車の普及など、世の中の動きに左右されている様子が、明治時代からの具体的な風俗をあげて紹介されています。
 現在の形の霊柩車が現れる以前には、人力車を葬列用に仕立てたものがあったり、路面電車を霊柩車に使った例もあったりと、個々の事例に好奇心を惹かれて、興味深く読み終えました。路面電車や自動車の普及で、葬列が行動をゆくことが困難になり、霊柩車が普及してきたようです。
 派手で賑々しい葬列が営まれた時代には、見物人がでたこともあったようです。賑やかに飾られた霊柩車さえも見えなくなった現在となっては、死はますます姿を隠されているように思えます。
 どちらの方がより良いのかという話ではなく、葬儀がどのように変わってきたかを知ることによって、自分はどのように亡くなった人を送りたいか、また送られたいかを考えることもできる気がしました。

(釋尼光智2013/06)
   
   


   
   

『和菓子のアンソロジー』
光文社
坂木司 編
 編者の坂木司のファンで、坂木さんの未読の短編が収録されていると知って購入しました。おめあての短編は、もちろん面白かったのですが、他にもたくさんの収穫がありました。
 たとえば、初めて読んだ著者のものでは、日明恩の『とまドラ』。和菓子屋の一家と、警察官だけれど経理に明るい主人公のフルーツ入りのどら焼きを介した交流を描いたミステリです。
 既読の作家さんでは、牧野修の『チチとクズの国』。実は、学生時代にこの著者の小説を読んだときから苦手意識があったのですが。こちらの気持ちが変わったのか、テーマの違いなのか、読み終えて、ああよかったなあと思うことが出来ました。
 他にも、ほろ苦い話あり、スラップスティックあり、バラエティーに富みながらテーマの和菓子から外れることなく、すごくおいしい小さな和菓子の詰め合わせのような味わいでした。

(釋尼光智2013/01)
   
   


   


『別院探訪』

東本願寺出版 発行
 大谷派の別院が日本各地に、また海外にも数カ所あるのはご存じですか?
私は、最近まで全く知りませんでした。
 神奈川県なら、横浜別院があり、幼稚園が併設されていて、各季節の法要も催されているのだそうです。関東大震災、空襲などの歴史を経て、現在の場所に建てられたとのこと。幼稚園も震災後の再建時に、託児所をもうけたのがはじまりとか。
 教務所は事務手続きなどで、日頃から意識にありますが、別院のことはほとんど考えたことがありませんでした。ですが、この本をとても面白く見ています。各別院の成り立ちから、周辺地図などガイド的なものや現在の写真も見ることが出来ます。
 建物一つとっても、古い木造のいかにもお寺らしいものからコンクリートでできたモダンな建物まで、各別院の現在の写真が見られます。
 一見新しくみえる建物にも、そこに建つまでの歴史と先人の願いがあります。
戦争や災害といった大きな歴史から、宗派内に起こった問題や地域の区画整理などの細かな歴史がそれぞれの別院の成り立ちから浮かび上がってきます。
 今はもうなくなってしまった別院のことにも言及されており、宗教と歴史、自分たちと社会の動きは無関係ではないことを、別院の歴史に教えられるような気がします。
 自分たちの身近な別院に足を運んだり、旅先の別院を訪ねたりしてみたくなりました。

(釋尼光智2012/09)
   


   


『ばら色タイムカプセル』

大沼 紀子 著
ポプラ文庫 発行
 一見しっかりものの十三歳の家出少女・奏が流れ着いたのは、女性専用老人ホーム。奏は年齢を偽り、雑用係兼ヘルパーとして、ホームで働き始めます。
 序盤は奏の問題は明らかにならないし、状況の割に悩んでいるように見えません。そのあたりの事情は、話の展開の中で徐々に現れてきます。
 はじめのころは、パワフルな老女たちに振り回されながらも、仕事をこなしていく奏の話がとても楽しいです。全体を通して、コメディチックで、ちょっとほのぼのして、実はいろいろな事情をかかえた老女たちから何かを学んでいく主人公の話ではあるのですが。途中から一転、サスペンスになり、主人公の奏自身のつらさの真相もあきらかになります。
 ホームをめぐるとある噂について知った奏と友達の山崎君と、噂の真相を調べ始めるのですが。謎が実は二層になっていて、最初の頃に登場した入所者の話がミステリの伏線になっていたりします。
 テーマ自体は老いや死、家族関係など、とても重たいものを含んでいるのですが、ストーリーやキャラクターのおもしろさで、すいすい読めました。
 そして、最後まで読むと、主人公の奏が悩みに向き合うことが出来るまでの物語だったんだなとすとんとわかったような気がしました。
 悩んでいることや心の奥底に隠してしまっていることに向き合うことは、疲れすぎていてはできないし、誰かと会うことで新しく知っていけることもあるのだなあと改めて思いました。この小説は十三歳が主人公ではありますが、もっと知ることでものごとの受け取り方が変わっていけるのは、いくつになっても同じじゃないかなと思えました。

(釋尼光智2012/03)





『アンビルト・ドローイング〜起こらなかった世界についての物語』  

三浦丈典 著
彰国社 発行
 NHKの週間ブックレビューという番組をこのごろ楽しみにしています。
 司会のほかにゲスト三人が各々のおすすめ本を紹介し、輪読会のようなことをするのです。回によっては全く盛り上がらなかったり、喧嘩腰だったり、そこも含めて面白いです。
 その中で、おすすめにあがっていたのが今回紹介する本です。
 ジャンルとしては建築となるのでしょうが、建物のスケッチと紹介エッセイといった感じで気軽な読み物です。
 番組中でのおすすめでも、イラスト集のような一冊と紹介されていました。そのときに数枚の絵が紹介されていて、そのうち大きな本屋さんに行ったら探してみようと思っていた本でした。 
 手に取ってみると、思っていたよりも小振りで可愛らしく、すぐに買うことにしました。
 この本の変わっているところは、この本に書いてある建築物は実際には建てられていないということです。
 それなのに、どこかにあり得たかもしれないと思うと、とてもわくわくします。安全さとか実用性が建物にとって必要なのはもちろんですが、わくわくする気持ちや懐かしさのような気持ちがわけば、もっと楽しいに違いありません。
 この本はまるで、SFやファンタジーの世界を楽しむように、イラストをながめ文章を楽しめます。
 建築家にとって一番大事なのは想像力だと本文中に述べられていました。
 おそらく、建築家でなくとも生きていくことは、新しい世界を作る一要因となっているのでしょうから、誰にとっても想像力というのは必要なのだろうと思います。
 それに、何より、想像するということはこんなに楽しい面を持っているのだということを感じさせてくれるそんな本です。

(釋尼光智2011/07)





『くおんの森(一〜三)』  

釣巻 和著
徳間書店発行
 不思議で巨大な図書館『森』のある町に引っ越してきた少年が、文字を食べる紙魚に寄生され、不思議な体験をしながら、様々な人と出会う物語です。
 その中に、本に呼ばれるというお話があります。呼ばれるように本を手に取る人を羨む主人公ですが、『森』の番人はこういいます。「本が君を呼ばないのは、信じて待っているからだ」と。変わった物語と主人公ですが、誰にとっても世界は待っていてくれるのかもしれないと思わされたエピソードでした。
 他にも友達、両親、亡くなった祖父母とのエピソードなど、1人でするはずの読書が世界とつながっていることに、温かい気持ちになります。
(釋尼光智2011/02)





『本の虫
〜その生態と病理
 絶滅から守るために』

スティーヴン・ヤング著
薄井ゆうじ 訳
アートン 発行
 昔から本がすごく好きな人のことを本の虫と、呼ぶことがあります。
 ですが、本書は、多くの本好きな人は、本の虫という虫、あるいはウイルスに感染しているという、研究書風のパロディー本です。
 まず、本の虫たちのとぼけたイラストが楽しい。
 本を買うのが好きなタイプや、何か読んでいないと落ち着かないタイプ。本を書きたいタイプなどなど、様々な事例が展開されます。
こういう人っているなとか、自分にもあるかなということが、時に大袈裟に表現されています。
と、私は思いましたが、本書の内容そのままに行動している人もいるのかもしれません。
例えば、食事の時間も惜しく、レトルト食品をレンジにかけている間もガマンできず、レンジについている注意書きのシールをしげしげと読んでしまうといった類の話なんていうのが、出ていました。
 本屋に行くと、トイレに行きたくなる現象なんていうのも出ています。
これは、実際に本の雑誌という日本の雑誌の読者コーナーで、話題になりました。
 フィクションや歴史上の焚書の話題がからまってきたり、虚実入り乱れた、とても面白い本でした。
 本好きな方も、身近な本好きに困らされている方も、お楽しみ頂けると思います。
 子供の頃は、多くの人が自分の架空の世界でいくらでも遊べるようですが、大人になって、こんな風に真剣に遊ぶというのは、本当に難しいことです。
 久しぶりに、本書の著者の世界ではありますが、ひととき遊ぶことができたと思います。
(釋尼光智2010/08)





『富士日記』
上・中・下

武田百合子
中公文庫
 気づけば何度も読んでいることに最近気づいたエッセイ集です。
 おもしろい小説や感動した本はいっぱいありますが、心を休めたい時や寝る前に読むのはやはりエッセイが多いです。
 『富士日記』は作家・武田泰淳の妻の百合子が、何年にもわたって富士山の山荘での出来事をシンプルにつづったものです。
買い物リストだったり、腹が立ったことだったり、今日のメニューだったり、身の回りの話を淡々と記しています。
 ちょっと乱暴なんじゃないかと思えるほどのシンプルさなのに、うれしかったことや怒っていることがダイレクトに伝わってくる感じと、日常がひたすら続いていく感じで、読んでいるうちにこちらの気分も落ち着いてきます。
 年の暮れが近づいてきてなんとなく忙しくなってくると思いますが、ちょっと時間をあけて、エッセイの一部でも読んでみれば気持ちが落ち着くかもしれません。
  
(釋尼光智2009/12)




 『空飛ぶ馬』

北村薫 
創原推理文庫
 直木賞をとったので本屋さんに既刊がずらりと並んでいました。
 受賞以前から有名な作家さんでしたので、読んだことはあったのですがこの機会にと再読してみました。
 今回選んだのは、円紫さんという落語家さんと大学生を主人公とした連作のシリーズです。いくつかの短編や中編で構成されており、主人公の“わたし”が大学二年生で円紫さんと出会ってから、大学を卒業して社会にでるまでを、小さな事件の物語で描いてあります。
 不思議な出来事の謎を解く時、円紫さんは見守るというか若い人を絶望させないように、主人公に助言しています。
事件は、日常の中の小さな謎が主なので、殺人事件や派手な探偵物ではないのですが、謎をといた結果、人間のいやな面が表れてしまうこともあります。
逆に、やさしい気持ちがひそんでいたという場合もありますが、どちらも嫌な後味を残しません。
 それは、探偵役の円紫さんが大人として、若い人をあたたかいまなざしで見守っているからなのだろうなと思いました。
 ゆっくり味わってほしいシリーズですが、まずは一作目の短編集『空飛ぶ馬』をおすすめしたいです。
  
(釋尼光智2009/10)




 『この世界の片隅に』
上・中・下

こうの史代 双葉社
 住職には、同じ作家のことばっかり書くなといわれてしまいますが。
以前にもここでとりあげた、こうの史代さんのマンガをおすすめしちゃいます。
 ついこのまえ、下巻が発売されたばかりの作品なので、是非本屋さんで探してみてください。四コママンガの単行本に多いちょっと大きめのサイズです。
『この世界の片隅に』は広島に生まれ、呉に嫁いでゆく、絵を描くことが大好きな“すず”という女性のお話です。
時代は太平洋戦争のころ、すずの少女時代から、結婚、その後が時代背景をからめて描かれています。
以前にもこうのさんは戦争、特に広島の原爆を扱った『夕凪の街 桜の国』という作品を描いています。
こちらでも、戦争が終わってなお、平穏な生活の中に陰をおとし、幸せを奪い去ってしまうということを静かな筆致で、描いていました。
そのマンガを読んで、戦争は直接の被害者だけではなく、周囲の人すべてに、悲しみをもたらすのだと、今まで以上に感じるようになりました。
 そして、今回の『この世界の片隅に』では、また一段と身近に、戦争というものを考えられる作品になっています。
 すずはちょっとドジでのんきな娘で、毎日、大変ながらも楽しくくらしています。
戦争中の物資の乏しさや、空襲などがありつつも、家族みんなで工夫し、協力して生きています。たとえば、食事の工夫、防火演習のことなど、たんねんに描かれています。
 私はそうした日常の描写や家族ドラマを楽しみながらも、その後の歴史を知っているので、どんな悲しいことが起こるだろう、主人公たちは無事にすむだろうかと祈るような気持ちで読み進みました。
実際、つらいこと悲しいことは起きます。
 主人公の恋や日常に感情移入して読んでいるので、私も主人公たちのその後にやはりショックをうけました。と、同時に戦争という異常な状態を、主人公たちが被害に遭い、終戦を迎える事態になるまで、普通の状態だと考えていた様子を疑似体験していたということに、気づかされました。
 ただ、感情移入して「悲しいね」で終わらない、考えさせる作品です。
同時に、こう思うべきだという押しつけもないので、それぞれがいろんなことを考えられるものになっていると思います。
(釋尼光智200906)




 『名短編、ここにあり』
『名短編、さらにあり』

ちくま文庫
北村薫・宮部みゆき編
 日ごろ、なにげなく本を選んでも、自分の好みのテーマや著者からあまりそれることはありません。
 昔の流行作家の本は書店の棚から消えてしまっている場合もあるので、よほどお勧めされなければ知ることもなく終わっていきます。それは、仕方がないけどすごくもったいないと思いませんか?
 もしかしたら自分の好みかもしれない小説を知るのに、アンソロジー本というのはもってこいだと思います。
 SF、ホラー、ファンタジー、ミステリなどジャンルがはっきりしていたり、恋愛とか青春とテーマが絞られているのも面白いのですが、ただ短編小説という区切りで選ばれたものは中身が予想できないぶん、思わぬ掘り出し物に出会うこともあります。
 今回取り上げたのは、作家二人が好きな短編を選んで、最後に作品に関する対談をするという形式になっています。
 内訳もSF作家、社会派推理小説家、全集が出ているような名作家、ノンフィクション作家と色とりどりなメンバーでした。
 中でも魅かれたのは、山口瞳の『穴』という一編です。
 主人公の名前は偏軒といいます。
 彼は生ごみを埋めるための穴を妻のイーストのために掘るのですが、そこに通りかかった様々な人と話しているというだけの内容です。通りすがりの人々も、ドストエフスキーとかマチモロとか変わった名前をもっています。
 でも、トモエさんという普通の名前の人も出てきたりして、なんだか気になって読んでいるうちにあっという間に読み終わってしまいます。
 どこが面白いのか、どう説明していいやら不思議でないのが不思議な感じです。驚きのオチがあるわけではないし、来る人がするのも特に荒唐無稽な話でもないし。名前が面白いというのはきっかけにはなっていますが、それだけではないと思われます。
 『穴』の作者の山口瞳は、昔のお酒のCMで有名な作家としか知りませんでした。
 直木賞作家で著作は多いのですが、現在書店の棚に並んでいる本の量はわずかのようです。
 絶版になっているものも多いようですし、根強いファンはいるけれども今の流行というわけではなさそうです。
 偶然私が書店で手に取るという確立はものすごく低いといえるでしょう。
 そういう状況で、この一編が読めたというのはこのアンソロジーが出たおかげだなとしみじみ思いました。
 『穴』は連作短編だそうなので、もっと他のものも読んでみたいと思って調べたところ、残念ながら『穴』が収録された本は絶版のようです。
 こういうことはちょいちょいあって、非常に残念なのですが、古本屋さんや再ブームによってどこかで出会えるのを楽しみにしたいと思います。
 なんか面白いもの、短くて読みやすいものをという人にはお勧めです。
(釋尼光智200901)




『警視庁草紙〈上〉』
―山田風太郎
明治小説全集〈1〉

ちくま文庫
 このごろ江戸時代を舞台にした小説にはまっていました。江戸のまちの仕組みや、役所のことなどがちょっとわかってくると一段と面白く読めますね。
 その延長線上で、明治時代の話、しかも捕り物風のものを読んでみたくなり、今回の本選びとなりました。
 もともと、幕末から明治の話は興味があって一時期、司馬遼太郎にはまっていました。
 中心的な西郷隆盛、坂本龍馬といった人物が中心のものも面白いのですが、あまり知られていないような人物や市井の人が主人公のもののほうが、その時代の空気がどんな風だったのかが伺えるような気がします。
 この本は、明治の警察組織とかつての同心や岡っ引きの対決を中心とした、短編小説集です。
 ノンフィクションとフィクションの部分があわさって、いかにもお話らしい大胆さもありながら、時代の過渡期の雰囲気がうかがえて、面白いです。
 きのうの敵が、時代が変わったからと何のわだかまりもなくなるわけではなく、江戸が終わったからみんながざんぎり頭になるわけじゃないんだなと。そうだろうなと思いながらも、実感してない部分を再確認したような感じです。
 といっても、まだ読んでいる途中ですが。少しずつ、ゆっくり楽しもうと思っています。
(釋尼光智200811)




『爆撃調査団』

内田 百閨@著
ちくま文庫
 新しい本があるのに、昔読んだ本を取り出すことってあります。
私の場合、ものづくしのエッセイがそれにあたる場合が多いみたいです。
 今回は、ちくま文庫版の『爆撃調査団』。
 スリ・おから・マーガリン・まごの手など、いろいろなものにまつわる短い随筆が多数収録されています。
 ものについて書かれているのですが、戦争のこと、恩師のこと、故郷のことなどいろいろな思い出につながっていきます。
 文章自体もユーモアや不気味さもあって面白いです。決して感傷的な文章ではないのに、思い出話が胸に迫ってきます。
 十代、二十代と読んできて、そのたび面白かったけれど、三十代になって読むと一段と面白く、暖かいけれど寂しいような気持ちになります。
 単純に、著者の食いしん坊ぶりがいいなというのもあります。
でもやっぱり、誰とどういう時に食べたか、あるいは食べられなかったかという思い出も含めてごちそうということなのでしょう。
 こういう本を読むのは、たいてい嫌なことがあったときや、失敗をしたときで、疲れているのに、すっと眠れないときが多いです。
 私には心をリセットするのに効果があるようで、気分が鎮まってきます。が、おなかがすいてきて、逆に眠れなくなることもあるので困ります。
 ものを語るって、結局は思い出につながっていくんだなあと再認識させられました。
(釋尼光智200809)




映画版
『夕凪の街 桜の国』
 映画館でかかったときは見に行くことが出来ず、最近友人からDVD(ビデオの様な物)を借りて見ることが出来ました。
原作であるコミック版も、以前このコーナーで取り上げたこともある大好きな作品です。
 広島の原爆をテーマに、被爆者である伯母・皆実の人生と被爆二世で姪の七波の反省が重なるようにえがかれています。
 コミック版の淡々と、時にほのぼのしていながらも鋭いあじわいを損なうことなく、人間の声と姿と音楽がうまく合わさったすばらしい映画でした。
 特に皆実のモノローグ『嬉しい? 十年経ったけど原爆を落とした人はわたしをみて「やった!また一人殺せた」とちゃんと思うてくれとる?』という部分が、人間の声で聞くと一段と胸にせまりました。
自分がこんな目にあったことにせめて意味が欲しい、もっと生きたかったという思いが伝わる、辛く哀しいシーンで、ゾッとするような気持になりました。
 精神的なショックや表面的な傷を乗り越えようと奮闘し、ようやく幸せをつかむことを自分に許そうとしている皆実ですが、原爆はどこまでも彼女を追いつめます。
 ほのぼのとした日常のなかに織り込まれる恐怖や悲しみ、うしろめたさの記憶。
普通の人の普通の生活がえがかれることで、突然命を奪われることの理不尽さがきわだっているように思いました。私たちの普通の生活もこんなふうに壊されるかもしれないんだと思うことで、いっそう哀しくやりきれない気持になります。
 現代パートの桜の国では、現代っ子で元気な七波が主人公です。
七波は被爆二世で、母と祖母を病気で亡くしています。
 旧友と再会し、そのまま父の広島への旅を追跡することによって、自分のつらい思い出と向き合うことになります。原爆のこと、弟と旧友の結婚話のことを知り、旅を続けることで自分が被爆二世であることとも向き合うことになった七波がたどりつく結末はハッピーエンドというわけではありません。ですが希望を感じさせるものになっています。
 マンガは文庫化もされていますし、DVDもレンタルになっていると思いますので、機会があれば是非ご覧になってください。オススメです。
 原作者のこうの史代さんも戦争を知らない世代ですがマンガという手段で、自分なりにヒロシマと向き合って描かれたそうです。
 表現の手段や語ることがなくても、こうしたメディアを利用したりしてでも、戦争のことを次の世代に伝えていきたいと思います。 
(釋尼光智200807)




『精霊の守り人』
『闇の守り人』
『夢の守り人』

上橋菜穂子 新潮文庫
 最近読んだ本の中で、いろんな人にお薦めしたくなった本です。
 いわゆるファンタジー小説なのですが、ファンタジー要素はありつつも時代劇に似たところがあるなと思いました。日本ではないけれど、アジア風ファンタジーで、登場人物がやたら超人的ではないというところも読みやすかったです。
西洋もののファンタジーだと、設定や背景になっている思想がなじまなかったり、わかりづらいからダメだったという人にもお薦めです。
 まず面白いと思ったのは、主人公の一人である女用心棒のバルサの王族への距離の取り方です。
王族だからといってむやみに尊敬したりおそれたりせずに、とても冷静に状況を判断します。
 バルサは溺れて死にかけた皇子を助けて王妃から宮廷に招かれ、事情があって命を狙われているという皇子をつれて逃げるように頼まれます。
 その時に、断っても引き受けても自分が命を狙われると王妃にきちんと言っています。
 これは王族の頼みは結局断れないので王妃のいうことは勝手だという指摘なんですが、これもバルサの体験に裏付けがあります。
 そういった話もだんだん物語中であきらかになっていきます。
この最初のエピソードひとつとっても、ただのふわふわしたお話じゃないぞと思わされます。
 また、皇子も最初はただのひ弱な子どもだったのですが、バルサをはじめとする人々の出会いや体験を通して成長し、魅力的な人物になっていきます。
 読みながら思い出したのは、アニメ映画「千と千尋の神隠し」の主人公・千尋が最初はかわいくないぼーっとした子どもなのに、どんどん利発でキラキラした女の子に成長することです。
 すごくシビアな話かとおもいきやそれだけではない、人間に対する希望がある話なんだなあと思います。
 一巻目は精霊の卵を体に宿している故に命を狙われる皇子を中心に話がすすんでいきます。
 それが建国の秘密や神話、先住民族との関わりなどにも関わってきて、謎解きにもワクワクしますし、考えさせられます。
 二巻以降は、バルサをはじめとする大人達がメインの話なのですがこれも面白いです。
 どうして今のような人物になったのかということが、やはり面白いストーリーに絡められて明らかになっていきます。
 国や風土、人種、身分制度などもきっちり作られていて、どうしてそうなったかという秘密が明らかになっていく様子も見事です。
 大人は大人なりに、子どもは子どもなりに感慨のもてるエピソードがたくさんありますし、お話自体も面白いので色んな世代の方に感想をききたくなります。
 シリーズで十冊出ていますが、文庫化されているのは三巻までです。
 もともとは児童文学のレーベルからでていますが、大人でも充分楽しめます。
 三冊目までは、お話はそれぞれ単体として読めるそうですが、是非順番に一冊目から三冊目まで読むことをお薦めします。
 世界観や登場人物は基本的には同じですが、スポットライトが当たる人物や場所が巻によって異なります。
また、時間の流れも巻数通りに進んでいたので登場人物の心情の変化も感じ取れて良かったです。(釋尼光智200803)




『あのひとと
ここだけのおしゃべり』

 よしながふみ著
太田出版
 今回は漫画家の対談集というマニアックな選択になってしまいました。
 でも、自分の心にすごくひっかかるお話をされていたので取り上げてみました。
 小説家や他の漫画家の人と対談をしているのですが、主題は少女漫画についてです。しかし、少女漫画について話しているうちにフェミニズムや男女の違いのような話になっているところが結構あって、なるほどなあと思いました。
 例えば、男の人も抑圧を受けています。だいたいが「働いて妻子を養えるようになれ」という一本です。それに対して、女の人が「スタンダードなよい子」を生きていくのは難しいというお話があって思わずうなずいてしまいました。おしゃれしないで勉強ばかりしていたら、少しはおしゃれしろといわれます。おしゃれにばかり気をとられていれば、少しは勉強しろといわれる。良妻賢母なだけではダメだし、仕事でトップを取ればいいかといえばそうでもなくてという空気があるというお話も出ていて、なるほどなあと思いました。
 なにか気になるけど、なんていったらいいんだろうと思っている状況に、言葉を与えられるだけでちょっとすっきりするところはありますね。「男と女のどっちがより大変か」という話じゃなくて、「女性の立場がいかに複雑なのか」ということだと言われていて、ああ本当にそうだなあと思いました。
 この対談をしているよしながふみさんの『大奥』という漫画があるのですが。
 江戸時代に男子だけがかかる病気が流行したために、男子の人数が極端に減ってしまったために男女の立場が逆転した世界の物語です。
 女性が表向き男の名前を名のり、家を継ぎ仕事をするという世界になっています。
 それなのに、なぜ表向きは男の名前を名乗るのか?
 それはなんとなく格好がつかないからだという会話が漫画の中でされています。
 なぜ格好がつかないと感じてしまうのかと問われている感じがします。
また別の『愛すべき娘たち』という漫画では、共働き夫婦でも家事の主体は女性が取らされるというようなことが取り上げられていました。共働きであっても男の人の家事はお手伝いの域を出ないという、女の人のあと少しの不満がうまく取り出されていました。
 別にフェミニズムの漫画じゃなくて、普通に面白くておしゃれな学園漫画や恋愛漫画を描いているのに、面白く読みながら時々ハッとさせられます。そういうことを思い出しながら、この対談集を読んでいると、よしながさんはさまざまな立場にある人達に視線を向けて漫画を描いているんだなあと思います。
 なんとなく変に思える、なんとなく苦しいと思う。そのなんとなくを言葉にしていくというのは物事がすぐに解決しなくても大切なことじゃないかなあと思いました。
 色々と思ったことがあって、つい取り上げてしまいましたが。主な内容は少女漫画についての話題ですから漫画に興味がない方は読みづらいと思います。でも、興味があるという方は『大奥』ともども是非読んで欲しいです。 (釋尼光智200801)




『悪人正機』

吉本 隆明
聞き手 糸井 重里
新潮文庫
 思想系の本に詳しい方やいっぱい本を読んで勉強されてる方からしたら、何を今更だと思いますが。
私は今まで吉本隆明については、よしもとばななのお父さんで、本が出たら売れる超有名思想家というくらいの認識しかありませんでした。特によしもとばななファンってわけでもないし、一生読むこともないだろうと思っていたのです。
 しかし、糸井重里氏のホームページ、「ほぼ日刊イトイ新聞」で吉本氏と糸井氏が親鸞に関して対談するというコーナーを見つけて、読んでみたら面白かったので本書を読んでみることにしました。
 糸井氏は、コピーライターで、ゲームを作ったり、徳川埋蔵金を探したりと面白いことが好きなおじさんのようです。本書は、そんな糸井氏が吉本氏からお話を聞き出すという作りになっています。
 友情とか家庭とか、項目ごとになっていて興味のあるところから読めるようになっています。
 「友だち」の項に、自分の記憶の中にのみ、友だち関係は残るという話が出てきます。
 これは本当にそうだなあと思いました。
 友だちはずっと関係が続いて、しかもいっぱいいないとダメだというのが、普通の考えなんでしょうが、そんな人はほとんどいないと吉本氏は言います。
 例えば「友だちだったあの子は、今も幸せにやっててくれたらそれでいいな」と思うという話がでてきます。私も思ったことがあったので、ほんとにそうだよなあと腑に落ちた言葉でした。
 どっちにしても人生は一人だという話と、善意で人を助けようとしても助けきれないんだと親鸞がいっているという言葉にも、それをいっちゃあおしまいだなあと思いながらも、どこかちょっとホッとしている自分もいるなと感じました。
 私は最近、人の言うことが昔に比べて聞けなくなっています。住職に言わせると、昔からそうだと言われましたが、ちょっとイライラしているんだと思います。だからなんだいという気分になりやすいです。
 でも、この本や対談をするすると読めて、言葉が耳に入ってくる感じがするのは、この人が自分の人生の一部を披露しながら話しているからなんだろうなと思いました。
 そして、こういうふうに話を聞き出せる人もすごいなと思いました。
 他にも、家庭についてやテレビの話も出てきて、小難しいことばかりいっているんだろうと思っていた人が、実は普通に話好きのおじいさんだったのねと思えました。本当に考えることが好きなんだろうなとは思いますが。
 もう少し、吉本氏の本を色々読んでみようかなと思いました。親鸞について書いたものもあるそうなので。
 この本は親鸞のことはほとんど出てきませんが、ホームページの対談のほうは親鸞についてのものなので、興味のある、インターネットが出来る方は見てみてください。そんなに長いものではないので、すぐに読めると思います。
 私みたいな入門者レベルのかたに、特にオススメです。




『国のない男』

カート・ヴォネガット
金原瑞人 訳
NHK出版
 私の好きな小説をたくさん書いた、アメリカの小説家のエッセイ集にして遺作です。
 『タイタンの妖女』、『スローターハウス5』、『猫のゆりかご』などなど。SF小説にジャンル分けされていますが、アメリカ文学といったほうが良いような気がします。エッセイの中で、小説よりも明確に自分の住んでいる世界への考えが語られているので、よりはっきりとそんな気がしました。
 まだ半分も読めてないですが、寝る前などに少しずつ読んでいます。
 内容は物語論のほかに、今のアメリカに対してすごく怒っていたり、自分の戦争体験を語ったりしています。
 ヴェトナム戦争以降、戦争は醜いものだということを作家たちは語れるようになったといっています。それ以前は、黙ってしまうということが流行だったそうです。
 それは言葉では語りきれないからということと、黙っていれば人々は、あの人は勇敢に戦ったのねと思ってもらえるからだと書いてありました。でも、ヴォネガットは小説を通して、本当のことを書こうとしたのだなと思います。架空を通して本当のことを書くなんて、矛盾しているような気もしますが。そんな風に思いました。
 この小説家は冗談ばっかり言っているけれど、本当はすごく怒ったり悲しんだりしていたんだなあという気持ちになりました。そして、もうこの悲惨な世の中に笑いだけでは、太刀打ちできないと思ってもいるようです。
 それなのに、人類に対してもすごく怒っているみたいなのに、自分の孫世代の人たちに謝りたいといい、百年後の人類がまだ冗談に笑っていたらうれしいというのです。そしてどんな世の中でも、聖人がいるというのです。こんなに怒っているのに、やっぱりこの世界にたいして愛情をもっているのだなあ、だから彼の書いた物をいいなあと思うのかなあと思います。
 本全体を通しで読むと言うより、言葉をかみしめるように読んでいます。
 そして、ヴォネガットの未読の物も読みたいし何度か読んだ物も、もう一度読みたいと思います。この時、この言葉で救われたと明確には言えないけれど、彼の小説は私を楽しませ、元気にしてくれました。
 日々の不平不満が多くて、ブウブウいって生きているけれど、私もヴォネガットが好きだったおじさんのように「これが幸せでなきゃ、いったい何が幸せだっていうんだ」と言ってみようかと思います。




『とめはねっ!』

河合克敏
小学館
 高校の部活動マンガというと少女・少年マンガ問わずある題材ですが、このマンガはちょっと珍しいです。主人公は書道部の生徒たち、メインテーマは書道にかける青春といったところです。
 ひょんな事から、廃部の危機にある書道部に入部した二人の新入生を主人公にお話が進んでいきます。書道の体の使い方や、字の種類のこと、初心者の疑問などもばんばんでてきて、なるほどと面白いです。
 見所は、書道をするときのちょっとした動きがダイナミックに表現されているあたり。動きの表現が武道やスポーツマンガのようで、引き込まれます。
 もう一つの見所は、気は弱いけれど書道の才能を秘めた帰国子女の一年男子と字が下手なのがコンプレックスの柔道少女という超初心者の主人公たちがどう上達し、書道の魅力に気づいていくかを同じ初心者目線で楽しめるところです。ちょうどお寺で書道教室がはじまったのでタイミングも良かったのか、私はとても楽しめました。もっと書道のことを知りたいなあと思えるマンガです。たとえば、楷書の字の書き方に三折法というやりかたがあることなど、まさに今練習中の字の書き方と関連していて、ちょっとおさらい気分でした。
 オマケとして、学園マンガやラブコメとしても楽しめるので、とても盛りだくさんな内容になっています。というわけで、時間の都合がついたかたはお寺の書道教室へどうぞ。そして気が向いたらこのマンガも読んでみてください。書道は高い道具も広いスペースもいらないので、手軽にスタートできるところもいいですよ。




『ねにもつタイプ』

著者 岸本佐知子
筑摩書房
 皆さんが新しい本と出会うきっかけは何ですか。
私の場合、以前はひたすら本屋や図書館を徘徊して偶然出会うのを待つというのが多かったのですが、最近は人のお薦めや書評を参考にすることの方が多くなってきました。
今回取り上げた作家さんも出版社の PR誌の特集記事を通じて知りました。
 この本はエッセイですが、岸本さんの本業は外国の小説を翻訳することです。最近はあまり外国の小説を読まなかったので、私は岸本さんのことは全然知らなかったのですが、このエッセイはむちゃくちゃおもしろかったです。PR誌の記事はこの本には載っていない作品ですが、岸本さんの文章を取り上げて紹介したものでした。
 安物じゃない服を買っても、ボタンがすぐ取れ裾がすぐほつれるという内容の文章なのですが、表現がすごいです。私が買う服は猿がボタン付けをしているに違いないというような表現をしているというのです。単なるののしりの「猿がつけてんじゃないの、このボタン」というのではなく、あくまで淡々とした文章で妄想を一つの物語のように語っていくというような内容だったと思います。私もうろ覚えですが、すごくインパクトを受けたのは確かです。
そして、この本は確かにエッセイなのですが、短編小説のようでもあり、独特の観察眼と妄想力と翻訳で培われたであろう表現の豊かさがすばらしいのです。
 ただの聞き間違い、通りすがりの自転車男への怒り、子ども時代の思い出といった誰にでもある体験が、こんなにおもしろい話になるのかと吹き出したり、共感したりしながら言葉使いの見事さに感心させられます。芸があるのです。
 そして、なんだか情けない感じも良いです。ゴキブリ退治の話や、お昼にカレーの残りを食べようとする話がなんでこんなに面白く、かつ笑いを誘うのだろうと考えてみると情けなさがあるからじゃないかなと思われます。もちろん表現の豊かさもそうですが。人を笑わせるなら自分が笑いながらやっては駄目だというのをどこかで聞いたことがあるのですが、実にその通りで、大まじめに情けないのがすごいです。そして、笑えるばかりでなく、不思議に余韻のあるオチもすごくいいです。
 翻訳というのはただ単に英語ができるというのでは駄目なのだなぁとつくづく思いました。こんなに豊かな言葉遣いをする人が翻訳しているのねえと。翻訳をしている人のエッセイや小説はチェックしようと思った本との出会いでした。




『またまた、消しゴムはんこ。』

著者 津久井 智子
主婦の友社
 消しゴムでハンコを作るという番組を見て衝動的にやってみたくなり、早速本屋と文房具屋にでかけました。ちょうどその番組で指導していた人の本だったし、ながめるだけでも楽しいのでつい買ってしまいました。そのあと、文房具屋ではんこ用の消しゴムや図案を転写するためのトレーシングペーパーを買いました。わりと安価に、空いた時間で出来るのがいいです。小さいものなら一時間ぐらいで彫れます。私はこの本の表紙に出ていたカエルの図案を早速彫ってみました。ちょっといびつながらもそれも味という感じで嬉しくなってしまいました。
 図案を自分で考えられる人は、本は買わなくても大丈夫かもしれません。でもこの本は、細かいポイントや手順が細かく書いてあるので、手芸工作系にちょっと不安がある人なら買うか借りてみたらいいと思います。あと、彫った後に布やプラスチックに押して利用する方法なども紹介されていて楽しいです。
 最近の手芸の本って、写真集や読み物のように楽しめて、かわいいものが多いです。私もちょっとやってみたいなあと思って買ってみた本が、実は何冊かあります。私は不器用なので、この手の趣味は挫折しがちですが、はんこはしばらく楽しめそうです。カッターや彫刻等を使うので、子供が寝ている隙をみてということになりますが。手始めに、紙製の文庫カバーを色々作ってみたいなと思っています。図案の本なんかも色々出回っているので、自分好みの本を探してみるのも楽しいかもしれません。




『邪魅の雫』

京極夏彦
  講談社ノベルス
 今回あげる本は、まだ読み終わっていません。まだ、さわりのあたりをうろうろしています。
 弁当箱より分厚くて、ノベルス(新書サイズの小説本、大体七百円くらいが普通)なのに千六百円もする小説です。文章も古めかしくて、漢字も多くて、あんまり読みやすいとはいえないのですが、出るとつい買ってしまうシリーズです。
 ざっと説明すると、古本屋で神主で、憑き物おとしを生業とする京極堂こと中禅寺秋彦と周囲の人たちが戦後まもない時代を舞台にいろんな事件にかかわるというシリーズですが、妖怪や民俗学の話が絡んできたり、いくつもの場面が同時に進行したりと、内容が非常に紹介しづらいです。
 毎回、妖怪がモチーフになっているというのと、事件が起こるということと、京極堂が最後に憑き物落としをするというのが共通点でしょうか。でもオカルトやファンタジーかというと、そういう種類のものでもなくて、なんか不思議な読み心地です。主人公にあたる人物も毎回ちがいます。
 シリーズの一番最初は私が高校生の頃に出た『姑獲鳥の夏』で、二十ヶ月たっても生まれてこない赤ん坊という謎と医師失踪事件が主な筋というものでした。試験中だったのに、引きずり込まれるように読んだのを覚えています。当時もうわーなんて分厚い本だろうと驚いたのですが、今思えば薄いほうでした。シリーズを重ねるにつれ、本の厚さはどんどん増していき、上下巻になったものもあったほどです。でも、どの本もほとんど一気に読んでしまったものでした。
 ですが、この作者が短編やほかのシリーズを出している間に、私は結婚して母親になってしまい集中する時間が長く取れません。それとも、集中力がなくなってきたのか、なかなか一気にとはいきません。
 でも、いつでも最後まで読めば、ああーそうなのかという感じがして面白かったので、今回は気長に読み進もうかなと思っています。大磯や平塚といった、全く知らないわけではない場所がでてくるようなので、そこも楽しみにしています。またオチだけでなく、犯人や周囲の人たちの気持ちや考え方が、ゆらぐ様子もつい読みふけってしまう特徴の一つです。狂気に近い考えにつかれている人物も多いのですが、そういう人物の気持ちを読み進んでいくのも不思議な感覚です。
 文庫化もされているので、妖怪に興味があるという人や、ごちゃごちゃした話を一気に読みたいという人は時間があれば読んでみても面白いと思います。でも本がものすごく厚くて重いので、通勤・通学には不向きだと思います。




 『プラネテス』

幸村 誠
 講談社 全4巻
 今回は、私が好きなマンガを紹介したいと思います。
 舞台は未来、人類が宇宙に進出している世界です。主人公は宇宙のゴミであるデブリを拾う仕事をしながら自分の宇宙船をもつことを夢見ているハチマキという青年です。宇宙にこだわる理由は人によって様々です。ハチマキの場合は、宇宙船のりとして生きたいとひたすら思っています。そんなハチマキが目標に向かって頑張りながら成長していくというのが主なストーリーですが、宇宙の戦争や病気、サブキャラクターの生い立ちや私生活が宇宙での出来事にからんできます。宇宙特有の病気が原因で自殺してしまった人や、宇宙開発に携わる人、軍人、そして仕事仲間など多くの人との出遭いによって、ハチマキは落ち込んだり立ち直ったりしながら何かをみつけていきます。人間は宇宙でも資源の奪い合いをし、自分の側に正義があると考えているようで、テロや戦争もあります。宇宙に行くためなら何を犠牲にしてもいいとハチマキが思っている時期もあります。
 ハチマキが作中で「この宇宙にオレに関係ない人間なんか一人もいねーんだ」と言います。このマンガ全部が凝縮されたような一言だと思います。理屈にならない感覚についてのエピソードが多いのですが、つながりとか、そういうことって確かにあるなあと思います。家族のつながりとか、人を大事に思う気持ちとか、戦争をいやだと思うこととか、そういう気持ちの一つ一つが大切に取り上げられているマンガです。
 軍人や特別な力をもった人たちが主人公のものとはちょっと違うと思うので、宇宙ものというところで拒否反応がある人にも読んでほしいと思います。




『はらぺこあおむし』

エリック・カール著
偕成社
 今回はうちの娘に読んでいる絵本の話をしたいと思います。
今一歳半の娘が、もう少し小さいときから時々読み聞かせをしていたのですが、ほとんど聞かないで、遊びにいってしまっていました。ですが最近は自分から読んでほしい絵本を持ってくるようになってきました。
 今気に入っているのは、『はらぺこあおむし』です。おなかを空かせた小さなあおむしが色んなものを食べていく様子が鮮やかな色で描かれていて、大人が見ても楽しい絵本です。この絵本、人気があるせいか大きさや素材も数種類あるのですが、私は厚くて丈夫な紙でできたものを購入しました。娘がよく本をかじったり手荒く扱っていたので選んだのですが、壊れにくいという以外にもいいところがありました。紙に厚みがあると小さい子でもページがめくりやすいのです。時々読むのが追いつかないぐらい早くページをめくっていきます。あおむしの食べたものの絵を私に指差させます。このお話が好きというよりは、なんだか食べ物に執着しているような気がします・・・。
 このほかにも、『しろくまちゃんのほっとけーき』や『ぐりとぐら』なんかもお気に入りなんですが、この二冊も食べ物の話です。『ぐりとぐら』では、かすてらを食べる場面で一緒に食べるまねをしたりもしています。すごく食い意地の張った娘に育ったらどうしようと思わないでもないですが、ひとまず本が好きになってくれそうで良かったなと思っています。 
 食べ物の本以外にも松谷みよ子の『のせてのせて』なんかも好きで、主人公の自動車に乗せてもらおうと動物たちがヒッチハイクするのですが、そのシーンでパッと手を上げたりしています。読むほうとしても反応があるとうれしいので、普通の遊びは用事の途中だと付き合わないのですが絵本を持ってこられるとつい読んでしまいます。大人になってあまり読んでいなかった絵本ですが、しばらくぶりに読んでみると意外と面白く、子どもの頃に読んでもらったお気に入りのものは結構覚えていて懐かしいです。親に読んでもらったもの、保育園にあった本。子ども時代に本を読んでもらっていたから、今でも本が好きなのだと思います。これからも親子で楽しく本を読んでいって、大きくなった娘と本の話ができるようになるといいなあと思いました。




『さびしさの授業』

伏見憲明 著
理論社
 よりみちパンセというシリーズのうちの一冊です。学者や小説家、若者に人気の文化人が色々なテーマで書いた新書のシリーズです。中学生ぐらいを対象にしたシリーズのようですが大人が読んでもなかなかに面白いのでおすすめです。著者の実際の体験をからめてかかれているものが多いので、本を読むというよりは、講演をきいたり話しかけられているような感覚で読めます。私は、そういう考えもあるかもねとかそんなこと思ったこともあったなという感じで読んでいますが、悩んでいる中学生なら相談に乗ってもらうような感覚で読めるような気がします。
 さて、今回読んだ『さびしさの授業』は自分が世界とつながってないというさびしさをいかに乗り越えるかということが著者の小学生時代のいじめ体験を導入として語られています。最も身近なところで無視といういじめだったり、マイノリティーの問題、最終的には自分なんてこの世界にいてもいなくても同じだという空しさについて言及しています。
 実体験のほかに、映画やドキュメンタリー、小説などを例にとって解説してあるのでそういうところも面白く読めます。
 いじめのような体験や、マイノリティーの体験は人によっては関係ないと感じられるかもしれませんが、空しくなるというのはいくつになっても、どんな人でも一度はあるのではないでしょうか。
 今自分が会社をやめても会社はつぶれないとか、自分がいなくなっても世界は変わらないとかそういう空しさです。思春期に特別じゃない自分にガッカリするとかもこういう空しさにつながるものという気がします。私は子どもができてから、結婚前からしていた勤めをやめて専業主婦になったのですが、ふと世の中から取り残されたような、充実感のないような寂しさを感じたことがあります。実際には、小さな娘は私がいなくなれば寂しい思いもしますし、友達や両親、夫だって悲しむはず・・・ですから、世界に少しは影響があるわけですが。こういう空しさは、ふと生活の中に忍び込んでくるものです。
 著者は、世界の中で私はいてもいなくても同じかもしれないけれど、その私がここに私として存在するのは奇跡だと述べています。自分のご先祖様が死んでいたら自分はここにはいないし、体験や出遭いによっては今の自分とは違っています。その奇跡を感じる瞬間があれば、自分も人も愛していけるのではないかとも述べていました。こういうことって当たり前だと思っていても、いつもは忘れてしまっていることなんですよね。そういうことに、たまには思いをはせてみるのもいいなあと思った読書でした。




『本格小説』

水村 美苗著
新潮文庫
 このお正月は久々に上下巻になった長い小説を読みました。この本を選んだ理由は、この著者の他の本を友人が薦めていたことと、オビについていたヨンダの福袋プレゼントの応募券が欲しかったからです。ちなみにヨンダというのは新潮文庫のマスコットキャラクターです。こういう適当に選んだ本なのに、ずっしりと面白かったです。
 ニューヨークでお抱え運転手から大金持ちになった伝説の男・東太郎の過去とそれにかかわる人々の物語です。戦後すぐのまだ階級社会の名残を残した軽井沢を主な舞台に展開する、一大ロマンといったところです。
 身分違いの恋、複雑な出生の少年、貴族的な女たち、その家族のことなどなど。設定はお昼のドラマにすれば受けそうなかんじです。主な語り手となるもと女中の人生、聞き手の青年、それを伝え聞いた作家である著者、中心人物となる東太郎とその想い人ようこの人生、さらにその周囲の人たちの人生と話が複雑に入り組んでいます。それなのに、先のストーリーが気になってずんずん読み進みました。嫌な人だなあという登場人物が多かったりもするのですが、憎みきれないキャラクターだったりします。恋愛小説なのですが、周囲の人たちの人生とからんでいるので大河小説的おもむきが濃いです。
 普段はあまり読まないジャンルの本ですが、濃い雰囲気の面白い本でした。登場人物の一人一人が立体的で、強烈なところがありながらも、どぎつくならないところがうまいなあと思いながら、最後まで一気に読了することが出来ました。




『死神の精度』

伊坂幸太郎 著
文藝春秋
 最近すっかりこの著者の作品にはまっています。テンポの良い文章、ユニークな登場人物、かっこいいセリフなどが魅力的なのはもちろん、勧善懲悪ではないのに露悪的でないところも読んでいて気分がいいです。
 この『死神の精度』は伊坂ワールドのユニークな登場人物の中でも、かなりユニークな主人公といえます。なぜなら、主人公は死神だからです。抽象的な意味での死神ではありません。殺し屋とか呪術師の類を例えたものではなく、職業としての死神です。死神は、一定した姿を持たず、ミュージックを愛し、人々が死んでもよいかを判定し、その死を見届けます。悪いやつだから、良いやつだからという基準でなく、ただ判定します。
 六つの短編小説からなる一つの世界の中で、狂言回し的役割を担っていながらも、登場人物として充分な存在感を持っています。
 その人の人生が少しずつ明かされていく様子や、各人の最期は、ハッピーエンドでなくてもさわやかな余韻を残します。特殊なルールを持つ世界を不自然に感じさせないでつくっていく著者の手腕は本当に素晴らしいです。そして、本当にありそうな話だけが優れた小説なのではなく、面白いのが小説なんだと思わせてくれます。六つの物語はつながっていくのですが、一つ一つ風味が違っていて、そこも楽しめます。
 物語、小説の楽しさを堪能したいなら、今は伊坂幸太郎をおすすめします。




『ナンシー関の
記憶スケッチアカデミー』

ナンシー関 編・著
 角川文庫
 暑い日の読書は、のめりこめる長編か眺めるように読む面白本にかぎります。しかし、のめりこみ系の本にはそうそう出合えません。なんか面白い気もするとか、つまらないこともないというのならいくつかあったりもするんですが。
 そんなこんなで、今回の一冊は、眺めて愉快遊んで愉快なこちらです。故ナンシー関さんが生前「通販生活」という雑誌で連載していたコーナーをまとめたものなんですが、なんともいえないおかしさです。雑誌の読者が、提示されたお題を記憶のみに頼って描いたものを投稿、それをナンシーさんが品評するというコーナーでした。例えば、不二家のペコちゃんってかけますか?簡単だと思っていても、かいてみると結構違ってたりするんですよね。いろんな人がかいたものをならべてみると、かいた人の数だけペコちゃんがいます。しかも、個々の絵に対するナンシーさんのコメントがまたおかしい。なんというか、絵や、かいた人にストーリーがある感じがします。しかも、容赦が無い。容赦が無いのに、嫌な感じがしません。うーん、ナンシーさんはすごい。「通販生活」はカタログ誌であるためか、読者の年齢層もバラバラで、小さな子どもからお年寄りのものまででています。そこがまた笑える。各作品に、職業や年齢、性別がついていますが、かいた人を想像してみても楽しい。大人なら上手いというものでもなく、本人はおそらく大真面目にかいたに違いない様子で、非常に笑えます。
 家族で遊べば団欒できるかも。暇つぶしに、親睦をふかめるのに、レッツ記憶スケッチ!ちなみに私は時々一人で記憶スケッチしてみて、ほくそえんでいます。




『日本怪奇小説傑作集1』より
谷崎潤一郎 作
 「人面疽」
 夏といえば、怪談というわけで購入してみました。おなじみの夏目漱石や、芥川龍之介をはじめ、ミステリの巨星・江戸川乱歩、今ではあまり知られていないようなマニアックな作家のものまで、怪しい短編が盛りだくさんの一冊でした。長編小説ももちろん面白いのですが、こういう短編集は、美味しいものの盛り合わせみたいでうれしくなってしまいます。今まで知らなかった作家の魅力に開眼したり、何度も読み返したくなる気に入った作品にであったり。なんだか持っているだけで豊かな気持ちになります。
 さて、そのなかで紹介する一編、かの有名な谷崎潤一郎の作品「人面疽」。
 海外の映画界で活躍していた美人女優が凱旋帰国すると、自分が主演なのに身に覚えが無い、気味の悪い映画が評判になっていた。はたして、その映画とは・・・・。というのが、おおまかなあらすじです。読み終えると、えっ?結局どういうことだったのと思ってしまいます。
 わけがわからないんですよ。わからないところが恐ろしいんですよ。そのうえ、その映画の薄暗い雰囲気や妖艶な女優の魅力が、怖さを一段とかきたてます。結局どういうことだったんだろう、これからどんな怖いことが起こるんだろうとドキドキします。いわゆるオチ、がないので、賛否分かれるところはありそうですが私は楽しめました。想像の余地があるという感じです。谷崎潤一郎のものを読むのは、恥ずかしながら今回が初めてだったのですが、妖艶で魅力的な女性が印象的でした。機会があれば他の作品も読んでみようと思います。
 ホラーや、ミステリーでは、因縁話や、秘密、トリックや、動機があかされるところが見所であることも多いのですが、怪奇小説は、怪奇自体が見所になっているというかんじです。読後のポーンと突き放されるような気分、文書そのものの雰囲気に浸ってみることが楽しみ方のポイントかなと思いました。このほかにも、ちょっとユーモラスさもある内田百閧フ作品も収録されており、文庫にしては高いけど得した気分になりました。




『優柔不断術』

赤瀬川原平 著
 ちくま文庫
 今、ちょっと面白い本を読んでいます。『トマソン』で有名な、赤瀬川原平の書いた『優柔不断術』という本です。
 著者自身も含めた、日本人の優柔不断や貧乏性ぶりを寄り道だらけの面白話で、解説しています。批判するとか、解決するというのとはちがいます。ちょっと困ったなあという感じだったり、面白がったりしている雰囲気です。
 多くの人は、文章を書くとき、論理的かどうかというのを気にすると思います。うまく書けているかは別として、私もそういうところがあります。しかし、魅力的な人や文章が論理的かというと、そうとも限らないと思うのです。寄り道が多くて、意味のなさそうなものを楽しめて、ちょっと困ってしまったりしているような人や文章はとても魅力的に思えます。ひとの気持ちは、論理とはまた別の、優柔不断なところにあるんでしょうね。決断はかっこいいかもしれないけれど、世の中それだけじゃ疲れてしまいます。
 決断して行動を起こしていかなければいけない時もあるでしょうが、うまく優柔不断を楽しんで息抜きをし、余裕のある世の中になれば、戦争も少しは減るんじゃないかなあと思ったりもしました。結論を急ぐことなく、考え続けることが重要なときもあることでしょう。
 同著者の他の本も、主題は違えど、寄り道重視の面白い本が多いです。散歩が好きな人や、ちょっと休みたい気分のときに読んで見ることをおすすめします。




『ラッシュライフ』

伊坂幸太郎 著
新潮社
 これはミステリ小説です。この著者の小説が面白くて色々読んだのですが、そのなかでも素晴らしかったのでここでおすすめしたくなりました。
 失業者、傲慢な画商とその部下、不倫をしている女性、泥棒、新興宗教の信者の若者などの各々の物語が同時進行しながら、交わっていきます。ストーリーや、しかけもすごいけれど、登場人物一人一人のエピソードが胸にせまります。
 たんたんとして、時に軽妙なおかしさもある筆致で、悲しみやいらだちだったり、破れかぶれさだったり、勇気だったり、ひどい出来事も語られていきます。
 主人公たちは、決して、かわいそうな、いい人たちばかりじゃないです。自分勝手だったり、だらしなかったり、ずるかったりもします。そんなところも、読んでいて面白く共感したり、いやだなあとおもったりできました。
 ラスト近くの主人公の一人のセリフが、心に残って離れません。が、ここではふれません。小説を読んで、この一言にたどりついたときの感動を奪うことになると思うので。いいたくてしょうがないけれど、あえて。すこーんとぬけでた時の、何の力みもない、すごい一言です。
 ちなみにタイトルは、ジャズのコルトレーンの曲名からきていて、いろんな意味が込められています。豊潤、のんだくれ、突進などなど・・・。ジャズはよく知らないけれど、聞いてみたいなあと思いました。他にも、物語中にビートルズや、ボブディランの曲も登場し、物語を盛り上げています。
 ミステリ好き、音楽好き、小説好き、ちょっと落ち込んでいる人必読です。うわさではもうすぐ文庫化するらしいので是非読んでみてください。あなたに元気とまではいかなくとも、世の中そんなに悪いことばっかりじゃないと思わせてくれると思います。
 それにしても、ミステリのおすすめって難しいですね。良かったところを具体的に説明したいけれど、オチをばらしちゃいそうで怖いです。




夕凪の街 桜の国』

こうの史代 著
双葉社
 今回紹介させていただくのは、マンガです。二回目にして、マンガ? サボりじゃないのというむきもあるでしょう。半分そんなところもあるのですが、住職がたまたま購入したこのマンガを、私は何度も何度も読み返さずにはいられませんでした。
 あとがきに書かれていたことなのですが、「ヒロシマ」について、広島出身で、被爆者ではなく被爆者の親戚や家族をもっているわけでもない著者が、「ヒロシマ」と向き合って描いたマンガなのだそうです。「ふみこんではいけないよそのうちの事情」として扱ってきた問題だったとも言っています。でも、著者は多くの日本人が、原爆の惨禍について知る機会がなく、知らないということに気づきます。
 何かあるように思いながら、よく知らないし、なにか踏み込めない、怖いと思うことが結構たくさんあると、私も思いました。そして、著者には「マンガを書く手」が勇気を与えてくれたといいます。私も、私の立場からそういう勇気を持つことができるでしょうか・・・。
 内容は、被爆から十年後の広島に生きる女性の恋を軸とした夕凪の街、被爆者の祖母、母を持つ女性の現代の物語の桜の国の二部構成になっています。それぞれ短編マンガとしても読めますが、つながっている物語です。
 夕凪の街の主人公は、幸せや美しさを感じるたびに、原爆にあった日とかつての街を思い出し、生きていてもいいのか幸せになってもいいのかと悩みます。人々が、必死に幸せになろうとがんばっているのに、原爆はどこまでもおいかけてきます。かなしくて、許せないことだと思います。物語は、静かに、ときにはほのぼのと進んでいきます。原爆の当事者ではなくても、女として母としてであったり、人間としてであったり、それぞれの視点で受け止めることが出来るようなお話のつくりになっていると思いました。
 桜の国の主人公は、物語のラストで、若かった父母の過去の姿を幻視し、自分はかつてこの光景を見て、この両親を選んで生まれてきたと心の中でつぶやきます。その姿に、希望の芽を感じることができます。
 短く、絵柄もあっさりしたなかに、たくさんのことがつまっています。マンガなんて、と思うかたもあるでしょうが、是非一読をおすすめしたいと思いました。マンガならではの表現と間というものが、見事に物語にあっていると思います。




『ゆっくりさよならをとなえる』

川上弘美 著
 新潮文庫
 「センセイの鞄」で有名な著者のエッセイが文庫になったので、読んでみました。以前、ほかのエッセイや小説も読んだことがあるのですが、細かい部分が楽しいのが良いと思いました。特にエッセイはその部分が強いです。今回読んだエッセイにも、細かく日常の小さな楽しみや、子供のころの思い出、好きな本のことなどがつづられています。
 忙しい日常のなかでも、小さな喜びをきっちり楽しんでいる著者の姿勢を見習いたいものです。そうすれば、このエッセイのように、自分の立ち寄るスーパーや商店街さえ、愉快な場所になるかもしれませんね。
 さて、中でも印象に残ったエピソードは“ショウガパン”について書かれたものでした。子供のころ、外国の児童文学に出てくる見たこともない食べ物に憧れ、想像に基づいて作ってみるというお話なんですが。あなたにも、ありませんか?作るまではいかなくとも、あれこれ想像し憧れた食べ物。
 私の場合は、「大草原の小さな家」シリーズに出てくる食べ物で、中でもメイプルシロップがそうでした。大人になって、メイプルシロップを食べました。それはおいしかったけれど、想像の中のもののほうがずっとおいしいような気がしたのも確かだったりもしますね。
 このエッセイ、ほかにも、小さなお楽しみが満載です。お茶を飲みながら、あるいは寝る前に布団のなかでゆっくり読むのにもってこいの一冊です。
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